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第74話

「これはこれは……ようこそいらっしゃいました」

「邪魔するぜ。状況はどうだ?」


 陽の差す洋館のバルコニーにて、風を浴びながら振り向いた先のドアの前には、先ほど通した派手な様相の男が立っている。輝かない金髪、白と黒に塗り分けられた顔、紫色の口紅、膨れた不気味な右目。

 森林に満ちた屋敷のバルコニーの白い手すりに背中を預けた青山の女王滝沢翡翠は右手の甲に顔を乗せ、裏社会の帝王たるそのレーツァンをじっと見つめた。


「昨日の夕暮れ、渋谷に500人行かせましたわ。あなたの提供した情報に従って、ね」

 謎の女騎士襲撃事件は滝沢家だけの問題ではない。目の前にいる男――レーツァンの配下である円川組(まるかわぐみ)の末端、鈴川組(すずかわぐみ)も被害に遭ったその一つ。一人軍隊と言わんばかりの、たった一人の鎧を纏いし女騎士によって青山のお隣、赤坂の事務所の二箇所が壊滅したのだ。


「ですが奴ら、今日はまだ見つかっていません」

「フヒャハハハハ! あの小娘どもしぶといなァ……!」


 愉快に笑いながら彼は近くのソファーに足を広げて腰掛けた。その嬉しいともとれる笑いはこちらを愚弄するつもりなのか、純粋にこの戦局を楽しんでいるだけなのか、意図が読めない。が、どちらにしろそれがこの男の特徴である。機嫌の良い時はよく笑う。


「そろそろあなたの部下を出撃させてはどうなんですの? お強いのがいっぱいいるでしょう? 同盟を組んでから、殆ど私達が動いてばかりではありませんの」

 翡翠は声を荒げることなく、レーツァンに一つ一つ詮索をし本音をぶつける。頭の中で前に言われた彼の言葉が一つ、ふいに蘇った。


『末端とはいえ、こうもやられては返しが必要だ』


 一見、仲間思いにも聞こえる優しい台詞。そう言って、彼は互いに女騎士の被害に遭った者同士という事で同盟を持ちかけてきた。翡翠は承諾した。ここまで共同戦線を敷いてきたはずなのだが、女騎士との戦いでレーツァン側から彼女とやりあえるような心強い援軍は来たことがなく、ほぼ全て滝沢家が対応していた。


「……悪い。こちらも色々と忙しくてな。あの二人に割けるほどの余裕がねえんだ。もっと早くに知らせるべきだったな……」

 肩をすくめ、大げさで明らかにつくったそぶり。残念そうな様子で首を横に振った。

「あらあら。随分とお困りの様子で。よほどのことがあったんですのね。教えて下さらない?」


 するとレーツァンは左手で筒をつくり、声を潜めて言った。

「ここだけのシークレットだ。西()()()()が仕掛けてくるかもしれねェ」

 西とは関西のことだ。あちらにはこの関東とはまた違う異人(ゼノ)の勢力がひしめいている。彼らがもし、戦争を仕掛けようとしているとしたら、彼がこの戦いにマトモな援軍をよこさないことも合点がいった。睨みを利かせる必要がある。


「なるほど。それで強く警戒しているのでしたら、仕方ありませんわね」

 真意は不明だがここは大人しく引き下がっておくことにした。それに正直な話、今は外野から余計な横槍を入れられれば色々と面倒なことになる。それを裏で防いでくれているとしたら、この同盟を続ける意味はある。目的が潰されないからこそ。

「すまねェな。代わりに優秀な工作員(スパイ)を渋谷に送っておいた。その成果を知らせるためにこうして出向いたわけだ」


「その口振りから察するに、居場所が分かったんですね?」

 今は隠れているのかもしれないが、居場所が分かればこっちのもの。次の手を考えられる。


「教えなさい、二人は渋谷のどこに?」

「もういないぞ」

「ええっ!? じゃあどこに──」

 思わず声が裏返った。あの大きな街だ、隠れられる場所は沢山ある。だから大勢でシラミ潰しに捜索させているのに。


「奴らは渋谷を出て今、三茶(サンチャ)にいる」

 それを聞いて一安心した後、翡翠の瞼が大きく開いた。

「なんだ近くじゃありませんの。 って三軒茶屋ですって……! 私の妹がいる場所じゃありませんか!?」

 すかさず室内に入り、机の上の充電器に差しておいたスマホを取り出した。急ぎ妹に確認しなければならない。タップして通話画面を呼び出し──


「──待て」

 すぐ目の前に現れたのは、邪悪な緑色の目でこちらを見下ろすレーツァン。大きく襟を広げた紫の服も含めた体型が山のようにも見える。握っていた濃緑のスマホをするりと取り上げ、天井に向かって掲げた。

「か、返して! 返しなさい私のスマホ!」

 手を伸ばすも彼の身長の高さも相まって届かない。

「まぁまぁ、おれの話をラストまで聞け。こちらから仕掛けなくてもあの二人は、既にこの青山に向かおうとしているという報告があったぞ」

 その時、ちょうどレーツァンに握られているスマホが震えた。


「電話だぜ。取ってやんな」

 投げて返してきたそのスマホをキャッチし、画面を見てみると渋谷に行っている部隊からだった。スマホを耳に当てる。


「はい、私です。──ええ、そうですか。渋谷上空に──その方角は?」

 電話の向こうからの報告にうんうんと頷く翡翠。その後も頷き続ける。それをぐったりとソファーに座って通話が終わるのを待つレーツァン。


「──分かりました。では至急、渋谷にいる全員に緊急帰還命令を発出して下さい。青山の街の警戒にあたりなさい──異論は認めません! 今すぐ帰って来なさい! でないと全員お仕置きですわよ。──では」

 異論を唱えた部下には強く言って黙らせ、通話を終えた。


「フヒャハハハ! 決断が早えな。女王様の威厳がよく出てるぜ。今ので分かっただろう?」

 ソファーで足を組んで偉そうに座っているレーツァンの方を見た。

「ええ。渋谷上空を通過していったようです。あなたの言った通りですわね」

 初月諒花と黒條零は三軒茶屋にいた。報告にあった、女騎士が飛んできた方角にはちょうど三軒茶屋がある。スマホで地図を開いてみると方角は合致、一目瞭然だ。


「諒花と零。あの二人のうち、どちらかが三茶から鎧を着て飛んで行ったんだろうな。二人を一時見失ったと報告があった。その間にどちらかが着替えたことは確かだ。となると、残りの一人はどこから出てくるか分からねえな、こりゃ」

 レーツァンは背中をソファーに大きく預け、こちらから目を横に逸らしながら語る。


 恐らく昨晩のうちにこちらの送った500人を掻い潜り、渋谷から避難していたのだろう。

 ある程度ほとぼりが冷めるのを待ち、これから鎧を着て二手に分かれ、奇襲してくる作戦なのは想像に難くなかった。


 ────内側に溢れるこの高揚感を押し殺しながら。



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