第73話
休日らしく、まるで流れるゴミのように、人々がただひたすら、嫌になりそうなくらいごった返す街。サングラスで視界を覆ってもそれらはよく分かる。母親に話しかける小さい子供の元気な声が死角から耳に入り、無数の足音、車の走行音が風に乗って響く。
雑音、雑音、雑音。デパート入口にある柱に背中を預け、人ごみの中から捜しているそれらしき人物が通りかからないかを見張り始めて、もう二時間くらいだ。
とはいえ、あと二分ほどで交代の時間である。この立ち仕事からようやく解放されると思うと肩の荷が降りる。
ふと浮かび上がる、こうなった原因の事件は数日前だ。その日の夜、青山の住宅街にある滝沢組事務所で仲間と打ち合わせをしていた。本家である滝沢家の直系組織であり、滝沢家のヤクザは皆、滝沢の大紋をぶら下げ活動している、滝沢の兵隊だ。
その時、侵入者を知らせるサイレンが突如として鳴り響く。最初は誰かのイタズラかと思ったが違った。
部屋を出て、激しい銃声が聞こえた先。薄暗い廊下の向こうで飛んでくる銃弾をもろともせずに立っていた鋼鉄の身体。それは西洋の甲冑を彷彿とさせる、全身鎧に覆われた女だった。その左手には血の滴る鉄剣が握られていた。
組員の一人がスカートのような装甲の下に露出している綺麗な魅惑ある太ももに向けて引き金を引くもそれは当たる直前に弾け飛んだ。
狙いを外したのか? ちゃんと狙えと一瞬発破を掛けそうになったが、二発目が放たれた時、その仕組みが頭を過ぎった。
あの鎧が摩訶不思議なチカラで飛んできた銃弾を弾き飛ばしているのだと。
この時、携帯していた唯一の武器である拳銃。しかし、こういった相手には無意味な通常の銃弾では勝てないことを悟ると、やむを得ず動ける仲間を引き連れて、ビルの反対側の階段から降りて外に避難、すぐさま組長が救援を本部に要請したことを、合流した仲間から聞かされホッと息をついた──
あの日から、滝沢家と謎の女騎士の戦いは始まった。
青山とその近隣に神出鬼没に現れる彼女を迎え撃つ形で幾度の迎撃戦が展開されたが、その常人を逸した動きに翻弄されて一向に仕留められない。どこに現れるかも予測できないため、本部から命じられた場所を固める他なかった。
そんな時、ある報が本部から滝沢家全体を駆け巡り、均衡は破られた。当主直属の執事で本家ナンバー2の石動千破矢が奴の剣で重傷を負わされ、病院送りとなったのだ。
石動は異人だ。女騎士と渡り合えるほどの実力を持っている。そう簡単にやられるはずがない。にも関わらず、こうもあっさり倒してしまった女騎士に背筋が凍った。
それから間もなく、青山の女王にして滝沢家当主──滝沢翡翠の鶴の一声により、渋谷で大捜索を行うことが決定、組は一斉に車を飛ばしたわけだが。
その際に出てきた名前が初月諒花と黒條零。二人とも十四歳の少女。だが、あの裏社会の帝王として君臨するレーツァンの最近開いた大会の優勝者(樫木麻彩)と準優勝者の異人を相次いで撃破して名をあげた実力者だ。
滝沢翡翠はこの二人のうち、どちらかが鎧で素性を隠し、襲撃してきたと推測、顔写真を組に配布した上で始末するよう命令した。
彼女らを倒すべく乗り込んだ渋谷内にて、まず当主の妹である滝沢紫水が負傷したことが伝えられると、続けて本家幹部の最強コンビ、シンドロームとマンティス勝が負傷し救助された報が駆け巡った。その後も夜通しで二人の捜索が行われたが発見報告はなく夜が更けていった。
あの鋼鉄の鎧の中身は異人なのか否か。依然として不明だ。異源素を装置で測定しても、それが鎧と肉体どちらに宿っているのかが判別出来ない。結局、女騎士が現れたら戦って捕縛を試みるか、怪しい人間をあたるしか方法はないのだ。
──二分が経った。
交代の時間だ。終わったら、何かうどんでも食いに行こうと思った所でちょうどポケットのスマホがそれを知らせるように震えた。交代の同じ班の仲間が今、向かってる合図だろうとそれを耳に当てた時。
「もしもし──」
「今すぐ青山へ戻ってこい。緊急帰還命令だ」
「へっ!?」
「いいからさっさと戻ってこい!!」
同じF班の仲間からの急な電話だった。怒鳴られて耳が痛む。うどんを諦め、状況が分からないまま、班への合流を急ぐべく、その場を後にした。
デパ地下のパーキングエリアにある車に乗り込むともう一人の仲間も乗ってきた。運転席で班長がいつでも車を飛ばせる準備をしていた。助手席にはサングラスをかけた更に同じ班の仲間も。
「班長、何があったんですか?」
「捜してる例の女騎士が北東の方向に飛んでった! 俺達のホームタウン、青山の方角に!」
「「「な、なんだとお!?」」」
班長以外の三人によって車内は騒然となる。その後、本部から送られてきた写真をスマホで見て愕然とした。一瞬、青の背景の上に乗せた合成画像にも見えたが違う。
確かにあの日あの時、襲撃してきたのと同じ甲冑姿の女騎士だ。下に映る無数のビル上空を飛行している。
それは鳥ではなく、頭から手足のある人影。よほど素早かったらしくボヤけて見える。カメラが捉えたのもまさに一瞬、の一枚であった。




