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第72話

 三軒茶屋で一番高い場所の屋上から引き上げるべく三人は歩き出す。ちょうどそこに諒花が、零の隣を歩いてくる。

 

「なあ、零。急に歩美の態度が変わったのは鎧のせいなんだろうか?」

「いや、あれは鎧以外にも別の何かがあるんだと思う」

「何かってなんだよ?」

「今の歩美は普通じゃない。行動だけでなく、あの時の顔色も。鎧を入手したルートと関係があるのかもしれない」


 あの態度が急変した理由はなんだったのか。歩美の顔色が突然大きく変化した様子が頭の中から離れなかった。

 目が大きく開き、まるで誰かに答えるように言葉を並べ、自分の目的を機械的に復唱した。あのような彼女はこれまで一度も見たことがない。


「……この事件、歩美だけで出来る域じゃないよな」

「いくら歩美が笹城家の令嬢だとしても、コネを利用してあの異質な鎧を極秘で作った線はまずないと思う。それよりも剣に異源素(ゼレメンタル)を集めたら願いが叶うって言ってたから、誰かが歩美にそうさせるように仕組んだ可能性が高い」

「鎧を着せて、戦わせて、一体何が目的なんだ……?」

「歩美は誰かに動かされてる。今は追えないけど必ずまた私達の前に現れると思う。最終的には歩美を捕まえて、黒幕の正体を突き止めよう」

「ああ」

 諒花は頷く。その顔は険しかった。友達と戦えない、殴れない悲しみ以外にも、友達を誰かにおかしくされたことが許せないのが見て取れる。


 そもそも、あのような鎧を入手し、身につけ、こちらを躊躇なく攻撃してくる時点でおかしい。最後の最後で急変し、一瞬いつもの歩美を思わせる態度に戻ったが飛び去ってしまった。


 歩美ならばこんなことは絶対にしない。小学生の頃からの友達に手をかけるような真似をするわけがない。監視役としてこちらに送り込まれて、始めて会った時からずっと優しく接してくれた彼女が刃を向けるわけがない。信じたくない。


 が、そんな思いが加速すると同時に受け入れがたい、拒絶したい疑念もグチャグチャと溢れ出す。自分はそれまで表面的な彼女しか見れてなかったのではないか。会ったこともなければ聞いたこともない、歩美の姉の存在が余計にその考えを前面に押し出してくる。

 同時に浮上するのが、黒幕は実家の笹城家に潜んでいるか、もしくはそれに近しい組織にいるのではないかという疑念だ。


 どちらにしろ今はあれこれ考えていてはキリがない。一つ一つ調べて真実を明らかにしなければならない。誰がどうやってこの結果を生んだのか。それが知りたくてたまらなくなる。


 笹城家については実の所、知らない情報が多い。まず大前提として歩美の実家は大阪にある。日本各地にチェーン店を置く家電量販店を経営しており、新宿、池袋、秋葉原といった街には「SASANOKI(ササノキ)」の看板がある。

 歩美は三年前東京に帰ってきた時は大阪ではなく京都から移ってきたと言っていた。聞けば京都にも笹城家の別荘があるという。

 帰ってきたその理由も大阪に行ったのと同じで()()()()だ。ハッキリとした事情は分からない。あれほどの家なのだから様々な事情があると察しがつくだけ。

 いくら友達でも家庭の都合なのだから無闇に首を突っ込むべきではないし、監視対象でもないのだから探りを入れる必要もなかった。だが、こんな事件が起こった今は……


 歩美の周りのことは諒花の方が詳しい。歩美が実家を離れて東京に住んでいるのは家の都合だ。一ヶ月前に亡くなったという姉のことも合わせて、そこに紐解く手掛かりがありそうものなら、念のため確認した方がいい。

 だが、今は紫水もいるので話しづらいだろう。笹城家については後で訊こう。と決めた所で。


「……おい、待ちやがれェ!!!」

 そんな思考を横から突き破る声。三人が一斉に向いた先で青空をバックに、風で頭に巻いている赤いバンダナがなびく。歩美の剣に刺され、一撃でダウンした大バサミの……


「カニ野郎! お前、大丈夫なのか?」

「こんぐらい、大したことねェよ……ほら!」

 諒花が尋ねると彼はそう言ってこちらに背を向けて、自ら着ている緑のTシャツの裾を無遠慮に上げた。そこから見えた背中には真ん中に湿布が貼り付けられている……が、明らかに応急処置的なものだ。

 剣で背中を刺される。通常ならば病院に行くべきだが、それは普通の人間の話。個人差はあるが異人(ゼノ)は身体能力だけでなく回復力も普通の人間を上回っている。

 刺されてチカラの源たる異源素(ゼレメンタル)を多少消耗しても立っていられるのは、これまで四回もしつこく立ちはだかるほどの執念とタフさを誇る大バサミのシーザーならではか。


「そういうの持ってたんだな」

「当たり前だ! いざって時に応急処置の一つでも出来ねえと、くたばっちまうだろうが」

 諒花と同じように内心で感心してしまう。大バサミを振り回し、狙った相手に因縁をつける野蛮で好戦的な彼からは、そこまで自分の身体に気を遣ってるイメージを感じられない。


「話を戻すけどよ、オレも青山に行くぜ! この女騎士の事件(ヤマ)、何かヤバい裏があるに違いねェ」

 再びこちらを向いて話すシーザー。

「その根拠は?」

「あれほどの鎧はオレの知る限りでは裏社会のどこにも売ってねえ。防具はせいぜい身を守るためのチカラが宿ったものが一般的だ。本物の戦いも知らねえ素人が、装備するだけでオレら異人(ゼノ)と渡り合えるほどになれる鎧があってたまるかってんだ」

「……なるほど」

 彼の言うことはその通りだ。悪態ついてはいるが、それはデタラメではない。


 もしあれほどの異能武器(ゼオプロ)──もはやその域を超えてはいるが異能武器(ゼオプロ)と定義しておこう──が仮に一般流通すれば、人間と異人(ゼノ)の力関係という存在が崩れる。


 チカラなき普通の人間は異能武器(ゼオプロ)をはじめとした装備があれば異人(ゼノ)とも一応は戦える。

 だが、生まれつきチカラを宿し、心身とともに高めてきた存在、異人(ゼノ)のチカラの前にはどうしても差がつく。

 普通の人間からすれば異人(ゼノ)のチカラは脅威だ。諒花のように稀異人(ラルム・ゼノ)とまで言われていない、異人(ゼノ)でも、人間という枠から逸脱したチカラと身体能力を持っているのだから。 まさにバケモノ。


「カニ野郎。またやる気ってなら、その時はアタシも容赦しねえぞ」

 諒花は拳をならし、警戒するように言った。

「上等だぜ! が、今やるつもりはねえよ。オレの目的はお前らを正面からブチのめすこと。そのためにはまずはこの件を片付けねえとだろ?」

「面白え、そうなったらまた相手してやるよ。けど、歩美には絶対手を出すなよ。これはアタシ達の問題だ」

「ハッ、あの女は譲ってやるよ。お前らこそ、歩美に負けたら承知しねえからな! あんな着ただけで強くなれるパワードスーツみたいなの着た奴に負けんじゃねえぞ!」

 シーザーの激に、諒花は強く頷いた。


「…………分かってるよ」

 叱責に対する呟きともとれる彼女の返事は、あの時自ら攻撃出来なかったことを悔い、自覚しているのは明らかだった。


 こうして話はまとまった。

 歩美が身に纏う鎧を作ったのは誰か。そしてそれを歩美に着せて剣を握らせ、こちらを襲うように仕向けたのは誰なのか。事件の糸を引く黒幕は誰か。


 最終到達地点青山。歩美を追っていざ北東へ。四人は歩を進めていく。



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