第71話
「歩美、まっ──」
「待って!! どうして先輩は女騎士になったのかまだ聞いてないよ!?」
歩美を止めようとした所に割り込んで背後から追及の声が響く。同じく歩美を止めようとした諒花と同時に振り向くと、そこにはさっき突き飛ばされた紫水がいた。
が、既に女騎士歩美は下のビルの建ち並ぶ蒼穹の遥か向こう。逃げていった歩美の姿は何かの苦しみから逃れるように小さくなっていく。
「戻ってこーーーーい!!!!」
既に小さい粒程度しか見えなくなった騎士に対するその叫びは空しくも風へと溶けていく──
「くそっ、逃げられた!! あの鎧、空も飛べるのかよ!」
さすがの諒花でも空は飛べない。鎧には浮力を実現させるためのジェットエンジンとか、そういうものは一切積んでいない。にも関わらずあの鎧はごく自然に、浮力をもって飛び上がった。ジェットパックを背中に身につけている人間以上に俊敏に。鳥が空へ飛び立つのを連想させるほどに。
諒花と紫水が逃げる歩美に注目するのをよそに、零はそっとスマホを取り出す。歩美の姿が消えていった方向、どの方角なのか。素早くコンパスアプリを開く。
画面に浮かび上がる円の中で細い菱形の形をした針が、そっと右上を指し示したのを確認すると、次に地図アプリを開き、現在地からその方角を確認。
画面がその方角にスライドされた直後、すっかり馴染みの地名を示す二文字が浮かび上がった。
「北東か……」
「何してるんだ零?」
諒花がこちらに近づいてくる。
「方位磁針アプリで歩美が飛んでった方角を調べたけど……ここから渋谷の方角に向かったみたい」
「えっ!? じゃあ青山と同じじゃん!」
紫水が横から割り込んでくる。その通り、青山はちょうど渋谷から更に北東だ。零はそっと頷く。
「歩美の目的は強い異源素だから街を攻撃して下手に騒ぎを大きくする可能性は低い。けど、青山にまた戻る可能性もゼロではないと思う」
青山の滝沢家も女騎士の被害は受けてはいるが壊滅しているわけではない。異人である幹部達がいる。
「じゃあ、早く翡翠姉に知らせないと!」
慌てる紫水に零の白い左手が出されて制される。
「待って。今のはあくまで可能性の一つ。次はどこで現れるかは全く予測がつかない」
「じゃあどうすんのさ!?」
滝沢家からは依然、諒花とセットで女騎士の疑いをかけられている。女騎士が歩美だと分かった今、話をする体制に持ち込めば、身の潔白を証明することは可能だろう。
だが再度確かめておきたいことがある。
「ねえ、滝沢家を襲った女騎士は剣はどっちで持っていた?」
「それは当然左でしょ? あたし達の家を襲った時とは体格も違ったし、青山で見た女騎士はさっきの歩美ちゃんじゃないのはもう確かだよ」
「それならば、今あったことを上手く説明すれば滝沢家を止めることは出来る。女騎士が二人いることも向こうはまだ知らないだろうから」
たとえ滝沢家を襲った女騎士とは中身は別人でも、全く同じ鎧を着た共通点を持った者が現れた以上、手掛かりは得られたも同然だ。それに紫水という証人もいる。もしこのまま手をこまねいていては滝沢家はまた動き出すだろう。
「決まりだな。みんなで青山に行ってみようぜ。歩美はとにかく北東に行った。どこに現れてもすぐ行けるよう、ここにいるより近づいた方がいいと思うぞ、アタシは」
諒花は気合を込めてそう言った。前向きに言ってはいるが、彼女も内心、幼馴染みが事件の容疑者であることやその動機を受け入れきれているわけではないだろう。歩美の姉のことが気になるが、後で訊こう。
「先輩の家は──調べなくていいよね。これからどうなるか分からないし」
ここへ来る前はその予定だった。だが今は。
「そっちよりも、歩美を止めることに全力を入れよう。歩美は必ず由里さんについても何か知ってる。そのためにも、まずは滝沢家を止めて、協力関係を築く」
「そうだね。誤解が無くなれば翡翠姉もそうだし、打倒女騎士のために動いてるんだもん。みんな協力してくれるよ」
翡翠の妹、紫水がそう言うのだから嘘ではない。簡単にそこまで事が上手く運ぶかはまた別だが。
なぜ円藤由里が殺されたのか。なぜ円藤は女騎士になったのか──歩美の口から名前が出たのだから、突き止めるための手掛かりをきっと知っている。
歩美を救うための事件を紐解く鍵もそこにあるだろう。三人はそれらを信じて、前へと歩き出した。




