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第70話

 零の中で思い起こされる一か月前の記憶。ちょうど夏休みが明けて九月の上旬頃だ。

 夏休み中も諒花だけでなく、歩美とも当たり前に会う機会は多かった。三人で諒花の家や歩美の家で宿題をやったり、どこかに遊びに行ったり。


 しかし、夏休みが明けて最初の週にそれは起こった。歩美が()()()()()()唐突に一週間半学校を休んだのだ。気がかりなのはその長さが異常だということ。

 歩美は日本各地に家電量販店のチェーン店を営むお金持ちの家である笹城家の令嬢だ。そのため、たとえ親しい友達でも口外しづらい事情があるのかもしれない。

 それより監視対象は諒花だ。無関係な歩美のことを探ることは余計だ。と、この時は調べることもしなかった。が。


「歩美。一か月前に一週間半、家庭の事情で学校に来なかったのは、もしかして……お姉さんのお通夜や告別式のため?」

「そうよ。零さん、お姉ちゃんについて初めて聞いたって顔してるね。諒ちゃんから聞いたことない?」

 その言い回しにはどこかトゲがあった。自分が無知であったことを突きつけられたような。


「諒花。なんで歩美にお姉さんがいるって教えてくれなかったの? 別に教えてくれても……」

 すると諒花は歯切れの悪い様子で、

「いや、ハナにさ……湖都美さんのことは絶対話すなって口止めされてたんだよ。お前もあの家で親戚に酷い目にあってるっていうし、不愉快な思いをさせるだろうからって」


 そういう()()だったと痛く胸に突き刺さる。小四の頃に送り込まれた先の学校で諒花、そして小五の頃に関西から東京に帰ってくる形でやってきた歩美と出会った。監視対象である諒花とは五年、その幼馴染である歩美とは四年、ともに時間を共有してきた。


 一度、興味本位でネットでチェーン店およびその上の笹城家のトップが誰かを調べてもそこにあるのは歩美の父親の名前であり、笹城湖都美という名前はこれまで一度も聞いたことはなかった。

 諒花の監視活動を始めて五年。初月家のついでに笹城家についても、いつの間にか全て知った気でいた自分が大きく揺らぎ始める。監視活動をする裏で知らない場所で何かが起こっていたこと。そしてまだ自分が知らないことがあるということ。零の中を駆け巡る。


 歩美は再度剣の先端を向けてきて、意識が再び三軒茶屋で一番高い場所、オランジェリータワーの屋上へと戻る。

「零さん、分かったならそこをどいて。この剣に異源素(ゼレメンタル)を集めればお姉ちゃんは生き返るの」

「歩美。あなたは勘違いしてる。それで死んだ人が生き返るならば、とっくにこの世界から大多数の悲しみは消えているはずよ」

 歩美は眉間に皺を寄せた。

「なに? お姉ちゃんのこと今まで知らなかった零さんに言われたくないよ!」

 不快な顔で荒げたその言葉に、返す言葉が浮かばない。全て消し飛んだ。


「どうして可能性を否定するの? この世界には色んな異人(ゼノ)がいる、色んなチカラがある! どこかに死んだ命を生き返らせるチカラがあっても不思議ではないはずでしょ?」

 訴えかける歩美。その言葉はまさにその通りであり、無いとは断言出来ない。


「わたしは賭けてみたい。お姉ちゃんが帰って来れるかもしれないから。お姉ちゃんが生き返れば喜ぶ人が沢山いる。お姉ちゃんは一か月前で死ぬような人じゃない! だからこうして、騎士になったの……」

 真っ直ぐに一途な歩美の目から微かなダイヤモンドが零れ、蒼穹へと消えていく。


「なあ、歩美。お前がこうして騎士になるまでの経緯ってなんなんだ? 教えてくれ」

 諒花が恐る恐る問いかけた直後、


「────ウッ……!」

 歩美はその場で大きく目を開いた。先ほどまでの感情が取り払われ、丸く大きな瞳を持った人形のように不気味にその場で硬直した。


「どうしたの? 歩美」

「なっ、なに……? うん。わ、わかった、ソウスル……オネエチャンノ……タメ……スベテハ……タメニ……」

 零の言葉も通らず歩美は思考停止し、小声で何かを機械的にブツブツと呟く。そして。


「──くっ……二人ともぉ! この前、戦った女騎士はわたしじゃない! あれは円藤由里さ……ん……」

 途端に顔色が元に戻った歩美。その顔と声音は女騎士になる前を彷彿とさせ、必死にこちらに訴えかけてくる。   

 直後、その顔を遮るように、左手が髪に触れるとその顔が青白い光とともに兜で覆われた。


「クッ……アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!!」

 歩美はもがき苦しむ痛々しい悲鳴をあげ、たまらず大空に飛び上がると、どこかへ飛んでいく鳥のように蒼穹の彼方へと消えていった。まるで、苦しみながら放った一言を打ち消すように。


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