第68話
「水玉拳!!」
歩美の放った衝撃波から諒花を守った直後、不意打ちの水の塊が歩美に迫った。外野から飛んできたそれが破裂し、水しぶきとなって歩美に降りかかった。
「キミ、先輩について何か知ってるでしょ! はじめましてだけど、女騎士なら容赦しないからね!」
「待て紫水! 歩美を殺さないでくれ! アタシ達の昔からの友達なんだ!」
横から現れた紫水に対して、諒花は必死に制止する。
「殺さないよ。あたしも先輩のこととか訊きたいこと色々あるからさ。前見たのと背格好も利き腕も違うけど、鎧は全く同じだしね。何か関係があるんだと思うよ」
紫水は拳と踏み込みを前にファイティングポーズで構えた。黒いブレザーが風に揺られる。
紫水は瞬時に歩美に近づき、
「水打ち!!」
しなやかな水の球体を纏った鉄拳を叩き込む。至近距離からの攻撃。ただの水を纏っただけではない異源素を拳に集めた一撃。一発喰らえば並大抵の防具など凹ませられるだろう。と、誰もが思った。
「……うっ!」
水の鉄拳は歩美の左肩の装甲に命中したかと思いきや、その触れる直前に見えない空気の障壁が波紋を描き、通さない。
「紫水、下がれ!」
諒花の声に呼応し、紫水が一歩下がった瞬間、女騎士歩美の自慢の剣が紫水のいた場所を横切った。避けなければ、腰から上を真っ二つにされていたかもしれない。
「零! あの見えない壁! あれ、お前が剣で展開する障壁に似てないか?」
「そうね。意識を集中させ、壁をイメージすることで、鎧の異源素がその一点に集まってあのように壁が形成された……私のと原理は同じ」
あの鎧は異源素の結晶体とも言える異原石が使われている。普通の人間である歩美はその塊である鎧のチカラを借りているにすぎない。とはいえ、その鎧によって異人と渡り合えるほどの戦闘力を得ていることもまた事実であった。
「な、なに!? よく見たらあの鎧、あたしの水も弾いてる! どういうこと!?」
振り回される剣を避け、一歩距離をとった所で水弾を再び放つもそれは水しぶきによる一時の視界不良を引き起こすだけでダメージには至っていない。
すると歩美は素早く正面に突っ込んできた。紫水のとっさの迎撃の水弾を頭から打ち破り、いきなりの突進攻撃を前に紫水は何も出来なかった。車に轢かれたように鎧の装甲に突き飛ばされ仰向けに倒れこむ。そして向かう先は──
紫水を弾き飛ばして突っ込んだ先にいるのは監視対象(初月諒花)。振り下ろされる一撃を零の二刀の黒剣が食い止め、交差する三本の刃から火花が走った。
「諒花!! 回り込んで歩美の鎧を破壊して!!」
今ならば前みたいに鎧に損傷が出来るほどのダメージを与えられるはずだ──が。
聞こえない。彼女の声が。いつもならば、『任せとけ』と元気で強い声が聞こえるのに後ろから聞こえてこない。
「諒花!? 何してるの早く──」
「出来ねえんだよ……アタシには……」
それは今にも溢れ出しそうな、嗚咽に近い声だった。
「アタシが殴ったら、歩美を殺してしまうかもしれない……」
今まで、自分や仲間に危害を加えようとする相手がたとえ普通の人間だったとしても、守るためにこの身体一つで撃破してきた。
しかしその殴る対象が幼少の頃から学校生活をともにし、平和な日常をともにした友達であれば、それとこれとは違う。
鎧を壊せたとしても、稀異人ゆえのチカラが大切な友達ごと打ち砕いてしまうかもしれない。これまで、守るために用いてきたチカラが大切なものを逆に壊してしまうかもしれない。その真意はすぐに零にも理解できた。
「くっ……どうすれば……」
「バーッハハハハハハハ!! 何突っ立ってんだ! だったらオレがその鎧を粉砕してとっとと終わらせてやらぁ!!」
零が打開策を考えていると、歩美の背後に迫るのは両手が大バサミとなった赤バンダナの男の影。早口に喋りながら勢いだけで自慢の大バサミを歩美の背中に振り下ろす──
「──なにっ!?」
振り下ろされた直後、歩美の姿は一瞬で消えた。
「クソッ、どこへ──」
「後ろ!!」
「へ?」
目を丸くし、首をキョロキョロとしていた彼が零の声に気づいた時は既に遅し。それは背中から走る激痛で伝わった。
「グハッ……!」
その剣先は背中に突き刺さっていた。前にも見たシチュエーションだった。
「そんな……またか……クソッ……!」
シーザーはその場にうつ伏せで倒れこむと、同時に歩美の持つ剣は緑色の炎で一段と燃え上がる。
タフな異人にとっては剣の先端が少し刺さっただけ。だが、その剣はわずかな先端部分からでも立つ気力と戦う気力を著しく奪っていく。
「よし、これでまたチカラが……」
その燃える剣を見つめる歩美の目は野心的というよりも、どこか安らぎを得たかのようだった。苦しみを塗り替えていくような。
「諒ちゃんのチカラ、ちょうだい!」
歩美は再度、より強力に燃える刃で斬りかかる。獲物を狙う顔で諒花に容赦なく狙いを定める。そこには以前の面影も無い。一人の敵としての歩美の姿。
悲しい顔をしている人狼少女を二刀の黒剣を手に庇うのは無論──
「くっ……! 私がいる限り、諒花は絶対にやらせない……!」




