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第67話

 ――――え!?


「なんだって……!?」

 樫木から飛び出したその予想外の問いかけ。それはその場にいる全員――特に零、諒花を凍らせた。

「連れ? それって諒花達の……? ち、ちょっと待ってよ! あの女騎士は円藤先輩じゃないの!?」

 一人、この場にいる全員の顔をキョロキョロと見て戸惑う紫水。樫木の言葉の意味を、この中で違う方向で受け取るしかない唯一の存在。鎧の中の人が円藤由里ではない事が確定するその言葉は、正体不明で推測と可能性で見るしか出来なかった女騎士の中身を徐々に明らかにしていく。


「おい、マヤ! それは本当なのか!?」

「だからマヤじゃねえっての! ……あぁ、そうだよ。僕の目の前で――そいつは()()()()()()()()()


 今、求められているその答えを諒花は知っている。零も知っている。が、諒花はそれを喉から外に出すのを抑えた。認めたくないからだ。まさか、とても信じられない。深くなる動揺に蝕まれていく。


 目の前に立つ、全身鋼鉄の鎧で覆われた女騎士。口元の見える兜。鎧に覆われた膨らんだ胸元、白い太もも。一昨日遭遇した女騎士と外見は全く同じだ。しかしここで改めて気づく。前に遭遇したものよりも身長や体格が微妙に違う。

 前回遭遇した女騎士は諒花と同じくらいの長身と言える背丈で、実際に剣を交えた時もやや上回る背の高さを感じた。

 その記憶を頼りに見てみると今、眼前にいる騎士は同じ格好こそしているものの、自分の目線で背を比較すると、あの時よりも少しだけ小さい。


 ――――!

 更なる矛盾が眼に映る。先ほどまでは剣を両手で構えていた騎士はいつの間にか右手に持ち替えていた。以前の騎士は剣を左手で持ち、振り下ろしていた。その数少ない手掛かりから次第に女騎士が円藤由里の可能性が高まりここまで来たのだが。



「――ねえ、二人とも! あたしの質問に答えてよ!」

 混乱する紫水の声で意識が戻される。もう、これ以上ごまかすことは出来なかった。説明するよりもここは──

「紫水さん、諒花! ここは私が――」

「いや、アタシがやる」


 零の右肩にそっと優しい左手が置かれた感触。諒花は女騎士に向けてそっと歩み出していた。そして出た声音は痛ましく、溢れ出る失望の念を強く押し殺しているかのようだった。


「なあ。お前…………歩美なんだろ?」

 諒花の問いにその場が再度凍りつく。すると女騎士はそれまで固く閉じていた唇を緩めた。


「諒ちゃんにそう言われてしまったら……もう正体を隠す意味もないね」

 その馴染みある声とあだ名に締め付けられる気分になる。騎士は兜の部分を空いている左手でそっとなで上げる。すると兜は光の塵となって蒼穹に溶けていく。

 現れたのはお馴染みの赤いヘアピンをした短髪の少女だった。


「くっ……やっぱりお前かよ!!」

 たまらず飛び出したのだろう諒花の叫び。嘘であって欲しかった。仮面の下の顔によって二人の望みはあっさりと打ち砕かれた。そこに現れたのは、普段の優しい微笑みとは真逆の、邪で暗い表情を浮かべる変わり果てた彼女の姿だったのだ。


「嘘……! 先輩じゃない……!?」

 紫水は別の意味で呆然としていた。期待は一瞬にして消し飛んだ。やっと現れたその正体である見知らぬ少女の素顔には戦慄するしかない。


「歩美! どうしてこんなことを……」

 諒花を守らなければならない。零も前に出た諒花まで駆け寄った。

「諒ちゃん、零さん。ごめんね……もう後には引けないの……!」

 憂いの中で確かな覚悟を持った歩美は右手で握る剣を見つめる。樫木を斬りつけたその刃は青く静かに燃えていた。


「マジかよ……この前、オレが人質にとった女が、あの女騎士だったのかよ……!」

 あの時、シーザーの腹部を貫いた一撃。女騎士が初めて現れた挨拶代わりとも言えるそれは人質にとられたことへの報復の一撃であったことを確信させた。


「これで分かっただろー……? 僕はこの屋上までこの女を尾行してここに辿り着いたんだ。簡単に人質にとれると思った。それで後ろから近づいたらこの有様だよぉ!!!」

 傷を抑え、呼吸を荒らげながらも、声を大にして叫ぶ樫木。最初は異人(ゼノ)ではない、無力な普通の人間であると思っていた歩美に接近した直後、その余裕は無残にも玉砕したのだろう。


 屋上にいるのは樫木が連れて行ったのではない。歩美が自らここを訪れたからだ。

「ここに来る途中の壊れたバリケードと、あっさり開いた屋上の扉も歩美、あなたがやったのね」

「……そうだよ。諒ちゃんと零さんをここに電話で誘き出して、正体を明かして二人の異源素(ゼレメンタル)をこの剣に吸収するつもりだったの」

 右手に握られた剣は静かに青く燃え上がっており、歩美はそれを掲げてこちらに見せる。


「この剣に異源素(ゼレメンタル)をためれば、わたしの願いが叶うの」

「願い? 歩美、そのために私達を斬るの? やめてこんなこと──」

 たまらず零は前に飛び出した。本当は戦いたくない。ならばせめて言葉で。

「いいえ、やるわ。今は異源素(ゼレメンタル)が必要なの。分かって。特に諒ちゃんのはこの中でも強力だから――」

 歩美は再度、両手で剣を構えた。

「頂く!!!!」


 両手で振り下ろされた歩美の剣から諒花目掛けて放たれたのは、地を這う衝撃波。食らえば真っ二つに粉砕されるそれを手元に瞬時に出現させた二刀の黒剣を交差させた障壁で間一髪打ち消す。

「零……!」

 標的の人狼少女を守るべく、前に立ったのは他ならぬ零。吹き荒ぶ衝撃に諒花は両手で身を守る。


「諒花は……私が守る! 歩美、もうやめて!」

 二刀の黒剣を手に再度身構えた。戦いたくないという思いが迷いへと、一心にそれを押し殺しながら。



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