第8話
「オラァ!! ボーッとつったってんじゃねえぞぉ!!」
フラッシュバックで蘇るかつての映像を叩き割り、シーザーの鋼鉄の大バサミによる剛拳が諒花を軽く突き飛ばした。
「稀異人、聞いて羨ましい限りだぜ。まさかお前みてえな小娘が、それほどまでの水準をつけられるだけのチカラを持ってるとはな!!」
仰向けで全身を強く打つと、雲が上をゆく青空で視界が一色に染まった。シーザーの嘲笑が響く。
──そうだ、アタシは生まれ持って法則から外れたバケモノ中のバケモノ。
誰しも初めからレベル1で始まるはずが、自分は最初からレベル30、いやレベル40に相当するチカラを持っている。そんな自分につけられたのは稀異人というランク。
一つ疑問に残ることがあった。このカニ野郎はどうやってその情報を仕入れたのか。なぜこちらが稀異人だと分かったのか。首にしているチョーカーが自分の強すぎるチカラを程よく抑制しているので分からないはずなのに。
生まれつき、自分は異人。が、実際は通常のそれらより上を行く稀異人だと後で分かった。
敵が異人でも、自分からその名を大きく振りかざしたことは一度もない。持って生まれた才能かもしれない。が、それを持って生まれたことを幸福と思ったことはない。夢を絶ったこのチカラを。
モロに喰らってしまった。が、こんなことでへこたれるつもりはない。空手部に入れなくても常日頃、体は鍛えてきた。それに、まだ自分の答えを見つけちゃいない……
自分を内側から奮い立たせ、初月諒花は体を起こして立ち上がった。
「おい、カニ野郎! なんでアタシが稀異人だって知ってるんだよ? 聞いたって言ってたな。誰から聞いたんだ!」
「カニって呼ぶなァ!! 知りたいか? だったらオレに勝ってみろ!」
「いいだろう! なら吐かせてやるよ!」
再び身構えると、対するシーザーも構えた。
「オレは新時代の切り裂きジャックと呼ばれてる男、大バサミのシーザー!! 旋風巻き起こすシザー・ハリケーンで一気にケリをつけてやる!!」
刃を突き出し、体を高速回転させ、シーザーは巨大な竜巻へと姿を変えた。手当たり次第周囲を巻き込み、隅に置いてあったゴミ箱を吹き飛ばし、舞ったプラスチック容器を跡形もなく消し去り、硬いコンクリートの壁だろうが爪痕を残す斬撃の嵐。
生身で突っ込んで攻撃しようものなら、容赦なく肉体が機能停止するまでミキサーの如く斬り裂かれる竜巻を前に、諒花の足は止まる。
「バーッハハハハハハハハハハ! これでお前はオレを殴れねえ! 多くの喧嘩師に膝をつかせた、オレの嵐の技の前にはたとえ稀異人のお前だろうと敵わねえ! お前を倒し、オレが名を上げてやる!」
余裕綽々なシーザーの竜巻が諒花に迫る。
「そして稀異人に近づく! 引き裂かれて死ねェェ!!」
人狼化している右手の青白い輝きが増していく。眼前に迫るその竜巻という怪物を恐れることなく、歩を進める。
「アタシは負けない。答えを見つけるまでは」
しかしこのままでは全身をボロボロにされて跳ね飛ばされるのがオチである。が、それでも攻撃の届かない箇所がある。それは。
「正面から攻撃出来ねえなら──下から揺らせばいい──」
目の前に意識を集中させる。
「初月流・地割れ独楽崩し!!!」
人狼化した右手の拳を灰色の地面に叩き込むと、地割れを描いた地を這うエネルギーが広がっていく。
回転するシーザーにも下から突き上げる形で伝わった地表の歪み。回転による勢いと下からの力が相乗効果を生み出し、自身の体は気がつけば宙を浮いていた。まるで台を揺らした衝撃でフィールドから場外に向けて弾け跳んだ独楽のように。
宙に浮いて、体の回転を抑制しようとしてる時、シーザーの眼には今にも狼の如く飛びかかろうとする少女の姿が映った。
「なっ……!」
ほんの一瞬の隙を彼女は見落とさなかった。奴から凄まじい勢いから宙を舞い、違和感から無意識に体制を修正しようとした──その隙を。
「シーザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
赤いバンダナに覆われた頭を、頭上から片手で鷲掴み、そのまま強い圧力で押し潰す。
落下したまま強引に重力ごとその全身を地面に叩きつけ、凹んだコンクリートの上でそいつは断末魔をあげた後、動かなくなった。
「おい、起きろ!! 起きろってば!!」
白目を向いたそいつは頭から血を流し、口が開いたまま動かなくなっていた。うつ伏せになっている体を起こして、胸ぐらを掴んで、いくら振っても目を覚まさない。息はある。死んだわけではない。が、やりすぎたようだ。




