第66話
エレベーターに乗り込むと自分達以外には誰もいない。シーザーが誰よりも真っ先に乗り込み、エレベーターの閉めるボタンに勢いよく指を伸ばした。
「よーし! 行くぞぉー屋上へ!」
彼の号令とともに動き出すエレベーター。元々は各階に止まるものだったのか、扉の右手にあるボタンは屋上へ行くための「R」ボタンも含め、いずれも光を放っておらずに残ったままだ。
扉の開け閉めだけで上と下を行き来する単調な仕様に時間の流れとともに変化していったことを感じさせる作りだ。
「そういやこのビル、上はレストランになってるんだよな……」
下から突き上げ、エレベーターが浮上を開始してすぐに諒花は天を見上げてそう言った。それ以外にも何かを思い出したような、つぶやきともとれる一言。
「諒花、どうしたの?」
それに気になった零は尋ねた。
「いや、なんでもない。今考えることじゃねえよな。それより女騎士だ、女騎士」
諒花は首を横に振り、意識を再度女騎士に集中させているようだが、ごまかしにも聞こえる。シーザーと紫水もいるので話しづらいことなのか。ひとまず今は詮索せずに置いておくことにした。
空気を突き抜けながら浮上を続け、26階に到達した所でベルの音ととともに、開かれる扉。四人は一斉に降り立った。
降りた先は大きな窓から街を一望できる展望ロビー。フカフカな赤絨毯の上に高価なソファーやクッション椅子、観葉植物が並べられていて、観光客で賑わっている。
一方でガラス張りの奥。シャンデリアがつるされ、テーブルクロスの敷かれたテーブルが見えるレストランは非常に空いていた。開店前という所か。
「あの非常階段から上に行けるよ!」
紫水がフロアの隅にある非常口のドアを指差した。そこしかないとドアを開け、四人は一斉に階段を駆け上がる。
その直後、あるものに零の目がいった。普段、こういった一般客が上がれない階段の前に必ずあるはずのものが機能していない。
関係者以外立ち入り禁止と書かれた、ロープと貼り紙で出来た簡易的なバリケード。先にここを訪れた何者か――シーザーの仲間だろう――によって切られ、階段に転がっていたのだ。
普段は一般客を通さない場所だけあり、先ほどまでのフロアと違い、薄暗く静寂に満ちている階段。駆け上がると、その先の最上階にあったのは重い鉄の扉。諒花がそれを大きく両手で開けた。
ここの鍵も一瞬、閉じられている可能性を睨んだが何事もなく開いた。案の定、先にここに来た何者かが開けたようだ。
扉の先は今にもこの空間全てを飲み込んでしまいそうなほどにまで広がる爽やかな蒼穹。雲一つない。暖かい直射日光に冷たい秋の風が吹き荒ぶ。
その場所に出て、左手に見える梯子を登った先はまさに天空のステージの上。都市を眼下に、このタワーが高らかにそびえ立っていることを実感させる。
このタワーで一番高い場所の中央。そこには、あの時確かに見た、鋼鉄の鎧に身を包んだ女騎士が立っていた。それに相対しているのは黒いローブを着た男。なのだが、その顔を見るのは初めてではない。
「お前は……樫木! まだ生きていたのか」
諒花も言う通り、樫木は確かにあの時、ビルで床に開いた暗い奈落の底へと消えたはずだ。
「シーザー。あなた、樫木と組んでいたのね」
零の訝しげな視線は横にいるシーザーに向けられた。
「ハン、お前らにやられたのはアイツも同じだが、別に意気投合したわけじゃねえ……」
シーザーはそう言いながら前に歩み出た。
「おい、マヤ!! 死にそうな顔しやがって。駆けつけてやったぜ!!」
「僕はマヤじゃない、麻彩だ! この女騎士、何者なんだよ!」
樫木は得物である鎌を右手に身構えているが、何度も息を吐き、既に消耗が窺える。腹部には赤い傷跡。足下には対象を貫くことなく転がる無数の銃弾。相当必死に撃ちまくったのが目に見えた。
対する女騎士は背筋真っ直ぐに両手で剣を構える。それは竹刀の構えを彷彿とさせる。鎧には損傷は一つもなく、露出している太ももは白い艶やかな肌そのもの。
「うわっ!」
瞬きする間もない刹那――樫木の鎌は一瞬の隙を突いて弾かれ、それは青空の真上で風に乗せられてグルグルと円を描いていてどこかに消えた。
「くっそっ! 僕の攻撃が全く通らないだと……! こんな鎧があるなんて知らんぞ!!」
彼の持つ透明能力により、彼がその手で握り、引き金を引くあらゆる銃は見えない弾丸を放つ武器と化す。しかし女騎士には傷一つつけられず、鎌で直接応戦しようとしたら弾き飛ばされ、もはや打つ手無し。
身体はガクガク震え、泣きそうな目で悪あがきと言わんばかりの命乞いを並べるだけ。
「おうおうおう! オレに勝ったチャンピオンともあろう者が随分と情けねえ姿晒してるじゃねえか! オレを犬扱いしてこき使ったあの時のクソむかつく威勢はどこいった? くそメガネ! バーーッハハハハハハハハハハハハ!」
今にもやられそうな彼に、シーザーの容赦ない罵声と嘲笑が突き刺さる。
「うるさい! 犬は黙ってろ! おい! 僕の顔に泥を塗りやがったそこの小娘二人!」
樫木は激昂した後、こちらを睨み付ける。その人差し指は零、そして諒花にそれぞれ向けられた。
「私達?」
「そう、貴様らだよ!! 全部仕組んだんだろ!? 僕に恥をかかせるために!!」
「アホか!! アタシ達はその女騎士を止めに来たんだ。分からねえならいっぺんここで殴るぞ?」
諒花は眉を尖らせ喧嘩腰になる。なぜ女騎士を前に、こちらに全て非があるような事を言うのか。八つ当たりとは少し違う気がしたが、零にもさっぱり話が分からなかった。
「あなた何を言っているの? 私達は何も仕組んでない。そもそも女騎士は私達にとっても敵」
ありのままを説明する。しかし樫木は失笑して、
「はっ! そうやってシラを切るつもりか。だが無駄だぞ。本当は女騎士とグルだってこと、僕は知ってるんだからな!」
「そ、そうなの!?」
横から聞いていた紫水は目を丸くした。
「アタシ達はグルじゃねえ! 紫水、こんな奴の言うことはデタラメだからな」
「デタラメじゃない! 本当だっつってんだろ! それならば、これは一体全体どういうことなんだ!!?」
紫水に説明する諒花の態度に火がついたのか、樫木は声を荒げ、すぐそこでこちらの様子をずっと黙って傍観している女騎士を強く指さした。
「説明してもらおうか……! なぜあの女騎士の中身が貴様らの連れなんだ?」




