第64話
いざ紫水の案内で動こうと思った矢先、背後から聞き覚えのある、もはや主がすぐ分かる笑い声が響いた。ビル内に続く、来た道にあるドアの方向にやはりその男は立っていた。赤いバンダナを頭に巻いた男。
――しつこすぎる。
そんなワードがすかさず脳内にわいて出た。もうこれで会うのは何回目だろうか。
「カニ野郎、またかよ!!」
「お前らにリベンジを果たすまで、オレは何度でも現れてやるぜ! 話は聞かせてもらった! 今度は二人揃ってあの女騎士を追いかける探偵ごっこか?」
早速食ってかかる諒花はいつでも向かう気満々だった。来た道の方から聞き覚えのある悪役らしい笑い声とともに現れ、赤いバンダナの後ろを風になびかせながら近づいてくるのは大バサミのシーザーだった。
同時に思い知る。ここまでつけられていたことを。
「だがお前らの探偵ごっこもここまでだ。これで四回目。今日という今日は決着つけさせてもらうぜェ!」
「面白え! どこからでも――」
「待って」
今にも迎え撃とうとする諒花の肩に手をそっと置いて、誰よりも早く紫水が前に歩み出た。束ねて結んである右の髪が揺れる。
「どうして邪魔するの? ワケは知らないけどさ、二人に出すならあたしが相手だよ」
紫水の表情は先ほどまでとは違って、真剣で強い眼差しでシーザーを見た。荷物を置き、拳を前にファイティングポーズで構える。
「紫水……」
諒花に倣って、ここは様子を見ることにした。向こうがその気なら、そのしつこさに免じて一瞬で終わらせるつもりではあったが。
「バーッハハハハハハハ!! 滝沢紫水、コイツらの味方するってか? ならば、まずはテメエからズタズタのボッロボロにしてやるよ!!」
「いいよ! どんと来い!」
「オレの恐ろしさ、思い知れ!!! ────ん?」
互いに戦闘態勢に入りかけた所ヘ、どこからともなく、激しいヘヴィメタルのメロディとともに男の歌声が流れ出した。この状況に待ったをかけるが如く絶妙なタイミングで。その音源は耳をすませばシーザーの方から流れていた。
「ああーっ、ちょっと待ってくれ! タイムだ、タイム!!」
挑んできたシーザーは手を前に出した。敵を前にして、何とも都合の良い。
「クソッ……ムカつくアイツからの電話だよ……あのメガネ野郎!」
グチグチ言いながら、ポケットからスマホを取り出し、耳元に当てた。
「もしもし、どうした? そっちは終わったのか?」
その時、電話の向こうからの声を聞いたシーザーの目が突如大きく開いた。
「な、なにっ!? 女騎士に襲われたぁ!?」
――え……!
諒花と零に衝撃が走った。女騎士を円藤由里だと断定するならば、女騎士はもういないはずなのに。結局、円藤由里が女騎士なのか否か。女騎士は生きているのかいないのか。その答えが今、あっさり出てしまった。
「マジかよ……! しゃーねえな……今すぐそっち行くからそれまで死ぬんじゃねえぞ!! チャンピオン!!」
通話を切った。向こうの声が出ている途中で。突然、踵を返して走っていこうとした所でシーザーはこちらを振り向いた。
「おい、この勝負は預ける。お前らも捜してるあの謎の女騎士が現れたぞ!」
そのシーザーの知らせを受けなくても、三人は電話の向こうの人物がなぜかけてきたのか、ある程度理解していた。
「聞いたか? こりゃ行くしかねえ、零!!」
「うん。確かめに行こう」
「絶対に先輩だ!! 死んだのはそっくりさんか何かだったんだよ、そうに違いないよ!!」
紫水は一人、死んだはずの円藤由里が女騎士であることに希望と期待を膨らませている。
「オレもあの女騎士に借りがある。追ってきたいなら好きにしろ! 場所はこのビルの屋上だ!!」
天を指差し、シーザーは全速力でビルの中へと走っていく。
「諒花、紫水さん、私達も行こう!」
「おう!」
「急ごう! たぶん先輩だ! 先輩はやっぱ生きてたんだよ!」
諒花、零、紫水。三人は遠ざかる赤いバンダナを追いかける。27階もあるこのビルを急いで上がらなければならない。
はたして上にいるのは誰なのか。分からなくなってきた。昨日、蔭山は確かに死んでいたのは円藤由里だと言っていた。身元の確認が出来ていないならその発言は出ない。しかしあそこで死んでいた者が円藤由里であると誤認させる要素がどこかにあるとするなら、円藤由里はまだ生きているのかもしれない。女騎士として。
仮にもしも女騎士が円藤由里だとしたら、彼女は全力で止めにかかるだろう。が、もしも中身が違うならそれは何者なのか。
逆に死亡していたのが本当に円藤由里で、かつ彼女が女騎士と確定すれば、滝沢家を止めるだけでなくもう女騎士がもう現れないことも意味する。れを調べている中での女騎士出現。
可能性は今、大きく二つに分けられた。二つのうち一つが待っている。上に答えがある。
既に屋上ではシーザーの仲間と女騎士の交戦が始まっているのだろう。全ての答えはこのビルのてっぺん。天空からの誘いに導かれ、いざ屋上へ。




