第63話
零によって、もう変えられないありのままの事実が伝えられた。亡き彼女と親交もあった紫水を前に、それを伝えた零はたまらず視線を下ろした。
「えっ、嘘……冗談でしょ……? なんで……?」
当然の反応だった。その衝撃的な事実を前に紫水は青ざめ、その場で思考停止した。
やはり言うしかないと零は顔を上げ、意を決して続ける。
「ごめん、私達にもまだ、なぜ殺されたのか分からないの」
「ちょっと待ってよ……先輩が死んだ? 信じられないよ……一体、誰がどうしてこんなことを……」
いきなり唐突に伝えられた思いがけない事実を紫水は受け止めきれていなかった。目からは困惑とした表情とともに今にも涙がこぼれそうだ。
「学校からもそんな話全く聞いてないよぉ!! どうして!?」
溢れる涙を必死に振り払うように、悲しい現実を否定し首を横にブンブン振る紫水。
「やっぱり、学校側は何も公表していないのね……校門を見て察した」
円藤由里が遺体で発見されたのは昨日の金曜日だ。捜索願が出され、行方不明という現状は公になっているが、死亡している事実までは捜査権を得たXIEDの働きによってか公になっていない。
学校側にも根回しされたのかは分からない。学校側は既に知っていて今も公に隠しているのか、それとも紫水と同じでまだ本当に知らされていないのか。
「ねえ、これもやっぱり女騎士の仕業? 分かった、先輩がいなくなったのはみんなに内緒で女騎士を倒すためなんだ! それで女騎士に返り討ちに遭ったんだ! そうでしょ!?」
「いいや、違う。先輩を殺したのは女騎士じゃねえぞ」
希望にすがった推測を並べる紫水を制するように諒花が口を開いた。
「どうして? なんでそう言えるの?」
「先輩は首を絞められて殺されたっていうからな。なんで殺すのに剣使わないんだよ? って話になる」
「あっ……!」
紫水は口があいた状態のまま、息を呑んだ。女騎士が円藤殺しの犯人ならば、着ている鎧とともに輝いていたあの一刀で殺すだろう。
仮に女騎士とするなら、なぜ剣ではなく、わざわざ首を絞めたのかという疑問に対する答えが必要になってくる。自分の得物たる刃を振るわなかったのはなぜか。
「殺されたのはいつ頃だったんだろう? 昨日見つかったっていうなら、やっぱり一昨日まではどこかで生きていたのかな?」
「そこまでの足取りはアタシ達もまだ分からねえんだ……今は零の推理で動いてるけどまだ見えてこねえ」
諒花もどう言葉をかけていいか迷っている。そんな表情だった。XIEDのデータベースにあった資料を見た限りでは、遺体も腐敗がそこまで進んでなかったことから紫水の言うように一昨日まではまだ生きていた可能性はある。
「紫水さん。また先輩について辛い話をすることになるかもしれないけどいい?」
「ま、まだあるの?」
「零、ちょっと休んだ方がいいんじゃねえか? 風でも浴びてさ……」
紫水を気遣って諒花が異議を唱えてくる。彼女も大切な人を亡くしているから、その気持ちに寄り添いたくなるのは自然だった。ましてや一度は拳を交えた相手でもあるのだから。
「いや、いいよ。聞かせて……」
まだ声音が微妙に震えているが、その紫水の言葉は先ほどの動揺から一転、覚悟を決めたものだった。
「分かった。じゃあ言うけど──あの女騎士──滝沢家を襲ったあの騎士こそが、円藤由里さんの可能性が現状高いと私は考えている」
「えっ!? あの女騎士が先輩なの!? それならもう──」
零の白い手が紫水の前に出された。
「落ち着いて。まだ確定したわけじゃない。可能性が高まっただけ。女騎士は片手で剣を振り下ろす時に左利きで後は両手の構えだった。剣道の構えと同じ。それに……」
その根拠に関する説明を続けることにした。円藤由里。利き腕は女騎士と同じ左利き。彼女が行方不明になった翌日に女騎士が出没し始めた。よって、円藤由里が失踪後にあの鎧を纏い、女騎士となって現れた可能性が出てきたわけだが。
「あたし達の家や組事務所襲ったのがもし、先輩の仕業なら、なんでこんな……?」
もしも女騎士が円藤由里なのだとしたら。なぜ滝沢家を襲ったのか。
「紫水、大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう。話が何だかシッチャカメッチャカだけど、キミ達はこの推理が本当か確かめるために先輩について知りたくて、ここまでやってきたんだよね? だったら調べないと、まだ分からないよね」
心配して今にも駆け寄りそうな諒花に見守られながらの紫水の言葉は、まだ手遅れじゃない最後の希望を捨てきれていないものだった。
「どちらにしろ、調べて真実に辿り着かないと数々の疑問も解決しない。ここから先は捜査が難航すると思う。由里さんの自宅とかあたらない限りは」
「自宅? 赤の他人のアタシ達が調べられるか?」
「先輩の家ならあたし知ってるよ。前に友達に連れられて行ったことあるから。だけどまだ納得出来ない。死んだって言われてもまだ信じられないよ。だからこの目で確かめたい。ついてきて、案内してあげるから──」
まだ複雑な胸中を伺い知れるが、目元は赤くても紫水は少しずつ立ち直りつつあった。その時。もう聞き慣れている笑い声。
「バーッハハハハハハハハ!! オレがお前らを案内してやるよ、地獄へな!!」