第62話
「こんな場所があったんだな」
「この風が気持ちいいんだ。ここなら大丈夫でしょ?」
ガイド役の紫水が前に出た。諒花もここには気付かなかったようで風に吹かれる横髪をそっと手で抑えた。
それもそのはず、このオランジェリータワーは外から見るとオレンジ色のコンクリートとガラス張りで出来たビル。近隣に並ぶ建物も合わせて遠くから見た景色だけでは、このような場所があることに意表を突かれた。
一見すれば、エレベーター、エスカレーターでないとフロアの行き来は出来ないように見える。が、建築において、忘れてはいけないものがある。
ちょうどビルの裏側であるこの場所。ここにはその非常階段がつけられていた。ビル全体で見ればとても目立たないこの場所に。
通常ならばフロアの全体図に書かれたほんの一部でしかなく、まず誰も立ち寄らないゆえ、気づかないのも無理はない。辺りを見渡し、他に誰もいないのを確認後、快晴の街の景色をバックに本題に入る。
「紫水さん。円藤由里さんとはどういう関係なの?」
「あたしと同じクラスの友達が剣道部でね。あたしも円藤先輩ともそれなりに交流があるんだ」
紫水は異人なのでスポーツ系の部活ではないのだろう。友達の縁という所か。いや、その前に。剣道部は高校だ。という事は……
「じゃあ紫水さんって高校──」
「二年生だよ。あれ? もしかしてキミ達高校生じゃないの?」
きょとんとした表情を浮かべる紫水はこちらの質問に違和感を抱いたのか、諒花と零の顔を瞬きをしてそれぞれ見た。
「ア……アタシ達より年上かよ!! てっきり同じくらいに見えた……因みにアタシ達は中二……」
驚愕して叫ぶ諒花が恥ずかしそうに学年を言うと、
「ええーーーーっ!? 中二!? あたし、てっきりキミ達高校生だとばっかり思ってたよ!」
互いに騒然となる。お互いのイメージと実年齢のギャップに。余計な詮索するんじゃなかったと半分後悔するがこれはこれで良かったかもしれない。
「めちゃ驚いたけど、別に二人とも学年が上だからって敬語とか、変にかしこまらなくていいからね?」
「そ、そうか? まぁ、アタシもその方が話しやすい……」
目を背ける諒花。その言葉は照れ隠しか、どこかぎこちない。
「じゃあ、私もこのままいかせてもらうね。紫水さん」
紫水はそこまで礼儀を重んじる厳しい人には見えなかった。
「なあ、ところでさ、話戻すけど、今日はその友達は来てないのか?」
少し話が脱線したが、諒花が先に切り出した。彼女は先生とか明らかに敬語で喋らないとまずい相手にしか敬語を使わない。年上と分かってもその口調はそれまで通りに戻っていた。
「土曜日だから来てないね。あたしは追試に引っかかっちゃって仕方なく来ただけだし」
紫水は苦笑した。本人には悪いが、こちらとしては幸運な話だ。
「円藤先輩、学校では有名人で雲の上の人って感じがするけど良い人だよ。厳しいけど真面目で優しいし」
「テレビに映るぐらいだしな。この前やってたぜ」
諒花が夕方のテレビでやってた話をすると紫水は口元で手のひらを広げ、
「えっ、本当!? 先輩ならば剣道の選手にもなれそうだし、テレビの人が来るのも当然だよね。観たかったなー、翡翠姉に頼んで録画してもらえば良かった」
一応、姉の翡翠とはそういう話が出来る間柄なのかもしれない。こうして、話が盛り上がる度にどんどん事実を打ち明けようか悩んでしまう。とても楽しそうに話すとは思わなかった。もう少し様子を見てみよう。まずは。
「ねえ、由里さんの利き腕は知ってる?」
念のため、歩美にもした質問を紫水にもする。
「うーんとね、左だねえ。野球部の始球式でもグローブを右に左手で投げてたし、食事の時もお箸が左手だったね」
「――!」
諒花と顔を見合わせ、
「零、これは――」
「利き腕は一致したね」
静かに言葉を交わし視線が向き合う。謎の女騎士は左利きだった。
「二人とも? ねえどうしたの?」
紫水はそんなこちらの顔を不思議そうにキョロキョロと見た。
「なんでもない。紫水さん、私達のことを話す前に、まず由里さんがいなくなった後のあなたのいきさつを教えて欲しい」
「分かった。先週、先輩が行方不明になってあたしはさっき言った友達と一緒に先輩の行きそうな場所をくまなく捜したよ。けどそれとほぼ同時期にあの女騎士が現れたからそっちの対応が手一杯で結局、これといった手掛かりは掴めずじまいなんだよねー。もう大変だったよ……」
紫水はとてもくたびれた顔をした。円藤由里の失踪と女騎士の襲撃がちょうど重なり、その対応もあって追試になったのかもしれない。
「なあ、紫水。それでなんでアタシ達が疑われることになったんだ? その時にアタシ達は青山に足も踏み入れていないんだぞ」
「そっか。まだ話してなかったね。そもそもの始まりは──あの女騎士が翡翠姉の執事、石動さんを病院送りにしたからなんだよ」
「「え……?」」
その知らせに二人して言葉が出なかった。
「だ、大丈夫だったのか?」
「一命はとりとめたけど、まだ退院出来ないんだ。剣で引き裂かれたからね」
「石動千破矢。ハーモニー・インセクターズよりも古株の彼女が昨日、見かけなかったのもそのためだったのね」
ようやく合点がいった。昨日、渋谷に姿を見せなかったことに。翡翠の執事でありナンバー2である石動ほどの異人を倒してしまうその異質な強さ。本当に何者なのか。
「うん。石動さんがいたら、たぶんこんなことにはならなかったと思うよ。翡翠姉からも信頼置かれてるしね。けどその石動さんが病院送りになったから、翡翠姉、女騎士を倒すことに熱くなっちゃってさ」
主の忠実なる補佐役がいなくなり、残された主は勝手な独自解釈に解釈を重ね、乱心したというのが目に見えた。
「そこでちょうど渋谷のキミ達二人の噂を聞いて、二人のどちらかが女騎士だー! ――って言い出して、それで渋谷を攻めることになったってわけ。ごめんね」
紫水の顔色からは先ほどのような明るさは既に消えていた。当事者である自分達を前に、顔には謝罪の念が出ている。
「そういえば、二人はどうして円藤先輩のこと調べてるの? まさか二人も知り合い?」
「ああ、それはだな。昨日――」
「諒花」
そっと彼女の言葉を遮った。ここは諒花に負担かけるよりも自分で背負おう。その真実を伝えるのも酷だが。
「紫水さん、私達は由里さんと知り合いだったわけじゃない。ただ女騎士に関係することだから追ってるだけ」
「先輩と女騎士が関係あるの?」
それにはまず伝えなければならないことがある。そっとひと呼吸置いて口を開く。
「まだ可能性の域だけど、私はそう考えている――」
「紫水さん、落ち着いて聞いて欲しい。円藤由里さんは昨日、渋谷の狭い道のゴミ箱の中から…………遺体で発見された」




