第60話
コーヒーショップの中は休日の土曜日ということもあり、それなりの客がいた。おしゃれなソファーに丸いテーブル、カウンター席。滝沢紫水が来るまでの時間潰しには非常に最適だ。
「諒花、何飲みたい?」
「アイスティー」
「じゃあ、私が持ってくるから、席の確保をお願い。お金は後でもらうから」
空席を探しに諒花を店の奥へ行かせ、カウンターでアイスティーと自分のコーヒーを注文して支払いを行った。
普段通っている所とは違う学校を見て色々思う所があったのだろう。諒花は先ほど外で座っている時も浮かない顔をしていた。残酷だが、メディカルチェックで不合格になった者はたとえ進学しても表社会のスポーツには参加できない。
自分の生き甲斐とすることができないというのは苦しい。実際、過去には自らの呪われた運命に絶望し、命を絶った者もいるという話だ。その数、明らかにされてないだけでどれほどいるか。想像もつかない。
異人達が裏社会でトーナメントといった大会でチカラとチカラをぶつけ合い、腕を競ったり時に命にも関わる殺し合いをしているのも、表社会の掲げているルールがまた、不自由を生んでいることによるものだ。
表から弾き出された人間、表で気持ちよく暮らせなかった人間が集まりに集まって、自然に形成されていった吹き溜まりによる世界。
彼女には苦しいことがあっても元気に生きててもらわないといけない。それにどんな真実が待ち受けていても必ず前を進んでくれると信じている。苦しむことはあっても前を向いていける彼女なら。
──でなければ私の望みも叶わない。それに私の大切な友達だから。
任務と情。その板挟みが特に苦痛になることもある。が、今はそれは置いておく。
カウンターの店員からカップに入ったコーヒーとアイスティーをトレーに乗せてもらい、落とさないようにそっと諒花の座る席に置いた。
「サンキュー、零」
「砂糖とミルク、一つずつ持ってきちゃった。いい?」
「いいよ別に。アタシ、太らないし」
そう自信満々にアイスティーに透明の液体とミルクを流し込んでストローを差し込む諒花。そういえば上官の入れたスマホアプリで示される彼女の位置情報は、時々朝の六時に自宅の近くをグルグル回っていることもある。常日頃、体を動かしてる彼女にとっては朝のランニングがちょうど良いのだろう。
時計を見る。まだあと三十分ぐらい時間がある。
「諒花。紫水さんとはこの店の前で待ち合わせしよう。ここで待ってることを彼女に送って」
「あいよ。ええーと、紫水、試験終わったらオランジェリーのコーヒー屋の前に来てくれ……と」
読み上げるようにポチポチとスマホで文章を入力する諒花。意味が分かってないと混乱するカタカナ語の混じる設定画面には弱いが文通は問題ない。
「合流したらどこ行くんだよ?」
「人気のない場所へ行こう。あと、会ってもすぐに本題は出さないようにして」
「分かった」
行方不明であった円藤由里死亡の事実はまだ公にされていないのは確かだ。芸能人ではないが、生前メディアへの露出が多少でもあった人間が殺されたのなら、普通は死因が明らかになるよりも事実だけがネット、テレビ問わず駆け巡るだろう。
だが一日も経っているのに公になっている様子がない。ネットにもそういったニュースがないのに加え、先ほどの紫水との件と実際に足を運んだ先でそれは確かなものに変わった。
最初はニュースになってないだけで現地を探れば事実を知る誰かしらに出会えると考えていた。が、紫水のあの反応はとても予想外だった。
下には中学、上には大学と大学院があり、各地にキャンパスを構える志刃舘。高校の剣道部主将ほどの存在ならば、学校の大きな広告塔にもなる。こういう人物の死去は歩美をはじめとした試合を観に行った観客なども哀悼の意を示せるよう献花台が校門近くに置かれていても不思議ではない。
入口にスペースがないならば、献花台への案内の張り紙や看板といったお知らせが目に入りやすい所があってもいいのだが、実際に行ってそういう物は一切見受けられなかった。
これがどういうことなのか。黒條零には分かっていた。XIEDが捜査する事件は警視庁主導か特例でもない限りは公になることはない。そう、上官の仕業である。
「にしても、なんでこう……隠し事みたいにするんだろうな? 普通もっと騒がれても良くないか?」
アイスティーを一口飲んだ諒花は早速と言わんばかりに疑問を問いかけてきた。テレビでも行方不明事件が報道されていたのに、続報が報じられていないのだから、諒花も違和感しかないのだろう。
「私も思う。学校を見た時、思っていたのと違う気分になった」
昨日、捜査権が警視庁からXIEDに移行したことで迅速な根回しがされた。原因はそれしか考えられなかった。
「この違和感さ……なんかアタシ達の知らない所でデカイ何かが起こってる気がするよな?」
諒花は視線をこちらからそらし、遠くの窓から見える景色を見やる。
「うん。暫くはつきまとうから覚悟した方がいい。今は謎を紐解いてる途中。紐解くのを諦めなければ道は必ず開かれるから」
コーヒーを口に含む。本当ならば諒花には全て教えてあげたい。円藤由里事件の捜査権が移行した理由を。彼女は大切な人材。
だがそれは出来ない。上官から口止めされている。自分の正体もバレる。破ればその瞬間、望みは絶たれる。だが、隠しておくのは非常に苦しい。が、今はそれを押し殺す。
行方不明となっていた円藤由里は女騎士なのか否か。それはこれから手に入る情報で分かるかもしれないことだ。紫水の情報次第で現状、ただ追われる身であるこの状況は大きく変わることとなる。
もしも女騎士が円藤由里だったならば、今の滝沢家は血眼になって亡霊を追いかけているも同然。どうやって滝沢家に身の潔白を証明するかは話を聞いてから考えればいい。
全ては紫水という第一情報提供者次第。幸運にも見つけられた、ここへ来る前の期待値を超えた、ある意味一番コミュニケーションが可能な情報提供者。諒花が昨日面識を持っていたことも大きい。これがどう転ぶかで左右する。彼女がダメならば、彼女のツテで他の有力な情報提供者を紹介してもらうか、他に繋がる手掛かりを得る以外ない。




