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切り裂きジャックの単独追跡

 街の休憩スペースのベンチに腰掛けている二人。買ったスポーツドリンク、アクエリウスを口に含みながら、遠くの電信柱の影からひょっこり覗くのは赤いバンダナ男。


 ──あいつら、紫水と何を話してやがったんだ?


 休日ということもあってか、人がとにかく多い。人混みに紛れながらも見失わないように後ろから二人の背中をずっとつけてきた。

 途中で制服姿の()()()()()()()()()()()()と何やら話しているのを見かけた。何を話していたのか、遠くからは人の足音や声、車といった街の雑音にかき消され、聞き取れなかった。

 雑音なんか気にせず、読心術や研ぎ澄まされた聴力を駆使してそれを可能とする奴もいる。が、真正面からぶつかる大バサミのシーザーにはその方面は全くそなわっていなかった。

 それにしても初耳である。志刃舘にあの女が通っていたとは。


 滝沢家といえば、強者ひしめく港区の強豪勢力の一角であり青山の裏社会を統べる者たち。青山は港区の最西端、即ち端っことはいえ、その戦力は一ヵ所に集中し磐石な体制で固めている。

 都会のど真ん中に私有する広大な森に埋め尽くされた庭園。その中心に建つでかい屋敷に加え、約2600人の組員。豪華な時計塔もある。異人(ゼノ)はトップを入れて五人。その一人が、先ほどの見覚えのある女、滝沢紫水だ。

 

 紫水は有数の闘技場の一つ、港区赤坂の地下のリングでファイトマネーを稼ぎ、水を操り格闘技に秀でている。そのチカラゆえに水を苦手とする奴はあっという間に餌食だ。炎を消し、熱を抑え込むことは勿論、水の衝撃で鋼を凹ませることも容易い。

 樫木と決勝の座を争った三か月前の池袋で、レーツァンが開いた異人(ゼノ)限定の大会では戦うことはなかった。そもそもトーナメントでは当たる相手のことしか考えていなくて、他の試合のことはちっとも頭に入っていなかった。

 だが、青山の女王、滝沢翡翠の妹ほどの異人(ゼノ)が出ていたとするなら樫木──あのメガネが勝ち上がっていたかも怪しい。そもそも出ていなかったのが正しいだろう。どちらにしろ姉が大物である以上、かなり鍛えられていることは確かだ。


 滝沢家の一角たる紫水を倒せば、樫木の二番手として名声を浴びた、オワコン化した大バサミのシーザーの名を取り返すことも確実であるのだが、しかし。


 そんなものでは納得はいかない。別物で名誉挽回した所で気は満たされない。あるのは自分を打ち負かした人狼女と、セットでお付きの銀髪眼帯女もまとめて、この二人への逆襲、リベンジへの執念。

 一度敗北で受けた壮大な屈辱はこの手で晴らさなければ気がすまない。たとえ別の相手を倒して周りから賞賛を浴びたとしても、それはリベンジが果たされたわけじゃない。


 お肌もピチピチで若いのに稀異人(ラルム・ゼノ)と言われるほどのチカラを持った初月諒花。どんな英才教育を受けたのかは知らない。だがそう呼ばれるほどのチカラの持ち主なのだから、よほどの何かがある。そんな奴の鼻っ柱をへし折って笑ってやりたい。ガードの固い銀髪隻眼で、二回目に戦った時に歩美を人質にとった事に対して確かな正論をぶつけてきたあの相方の女も二人まとめて。あれは二人を誘い込むにはそれしか方法がなかったとはいえ、まさかあんなに言われるとは驚愕で不意打ちを食らったようにかなりくるものがあった。

 今では渋谷の異人(ゼノ)というと二人の名前が挙がる。しかし初月諒花が稀異人(ラルム・ゼノ)である事実は恐らくまだ知れ渡っていない。

 レーツァンにはこれを『絶対に外にバラすな』と言われた。バラせば、たとえ地平線の彼方へ逃げようが必ず殺しに行くと。

 そこまで拘る理由は分かる。もしこの事実が広まれば今以上にたちまち他の猛者達の注目も集まるからだ。口が裂けても言えない。そうなれば最悪、先に他の誰かが興味を示し、二人の首を取られかねない。

 だがあの威勢の良い小娘のことだ、近いうち自ずと名を上げる行動に出るに違いない。時間の問題かもしれない。そうなる前に早くリベンジしなければ。


 二人ともベンチに座りながら、互いに何か話している。暫く立って様子見をしていると人狼女の方がベンチから立ち上がった。いかにも体を動かすのが好きそうなスポーツ志向の強い女、じっとしてることが耐えられないのだろう。


 ここで戦いを仕掛けるか? いや、もう少し様子をみよう。つまみ食いは禁止という紳士協定だが、出来るものならしたい。あのメガネが来るならば適当にトンズラで逃げればいい。タイミングが大事だ。二人揃って、こちらに向かって何も知らずに歩いてくる。


 ──ヤバイ見つかっちまう……!

 電信柱の背後に続く左折する通路を駆け抜け、左手に見えた次の通路の電信柱の影に隠れた。黒髪と銀髪、二人の少女の顔が通路を横切るのが見えた。たぶんバレていない。


 ここまでつけてきた来た道をひたすら戻っていく二人。通行人を避けながら、音を立てないようにシーザーは背後から忍び寄る。

 都会の中に建つ志刃舘の巨大なキャンパスの横を抜けていき、どこまで行くんだよと思っていると、着いた場所はスタート地点のタワーだった。


 そういえば、尾行を始めてかれこれ30分ぐらいの体感だ。この街に着いた時間は覚えていないので何となく。二人の連れである歩美を尾行していったあのメガネからの連絡はまだ来ない。

 スマホを見ても連絡がない。腹の中で執念深く作戦を立てていたのか、捕まえて悲劇のステージの準備だの得意げに語っていたが、せめてもう捕まえたという報告ぐらい来てもいい気がした。


 二人が入っていったのはオランジェリータワーの真下にある、緑色を基調とした白いコーヒーカップのロゴのカフェ。店の近くで待つことにした。それにしても退屈だ。完全に待ちぼうけ。ひとまず、アクエリを口に含んだ。


 店を襲う選択肢はない。XIED(シード)に嗅ぎつけられる。立てこもり事件と同じになる。表社会で治安を乱そうものなら、必ず奴らがやってくる。叩きのめされ連行される。最悪、命を奪ってでも事態を沈静化させることもある。

 そうなるともう勝負どころではない。戦ったところで勝ち目は薄い。テレビではそういう事件は警察が出動する騒ぎになっただの、カタギの世界に適した内容で正当化して異能の存在を隠そうとする。実名報道もされない。XIED(シード)についても大きく振れられない。

 ひとまず、居場所は割れた。返事待ちの意味もこめて連絡してやることにする。メガネの連絡先のIDは昨日捕まってから半強制的に交換させられた。


『あの二人、今ビルの下のカフェにいるぞ。そっちはどうだ? 早く報告くれ』



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