第57話
猛スピードで走ってくる、海のように青い双眸と髪を横に結ぶ少女。髪を束ねる水色の玉の装飾。ちょうど横を走り抜けていく彼女の左腕にタイミングよく諒花は手を伸ばした。その姿にピンと来たからだ。
「うわわわわわわっ! 離してっ──よっ!」
左腕を掴まれた彼女は、前に行こうにも身体が進まない。身体が後方に引っ張られる。思い切って、掴まれた手を振りほどき、両者の顔は向き合った。
「……ああっ! キミはっ!」
「やっぱりお前か! 志刃舘の生徒だったんだな」
「キミこそなんでここにいるのさ!?」
目と目が合い、向き合った直後、予感は的中した。まさにバッタリ現象。
「諒花、まさかその人──」
「ああ、滝沢紫水だ」
裾の短い青いコートを着て腹部を出したホットパンツという軽装姿だった昨夜とは一転、紺色ブレザーに短いスカート、紺色に水色ラインの入った落ち着いた柄のリボンを着こなした紫水のその姿はどこからどう見ても普通の女子学生だ。
昨夜見たものとは180度違う。遠くから人影を見るくらいではまず分からなかっただろう。彼女がここにいるのはまさに想定外。事前にナンバー2の存在を知ってるくらいに滝沢家の情報があるさすがの零もすぐには気づかなかったようだ。
「おっ」
紫水は前に出てきた零に視線を向けた。
「はじめまして。私は黒條零。諒花がお世話になったようね」
「おお、キミが銀髪に眼帯の剣士──噂通りだ! あたしは滝沢紫水! よろしくね」
にひひと笑みを見せる紫水。
「キミ達、この三茶に何の用で来たの?」
「ちょうどいいや紫水。円藤由里について何か知らねえか?」
諒花が早速切り出すと紫水は目を丸くする。
「ええ!? 円藤先輩をキミ達も捜してるの!?」
「なんだよいきなり──」
紫水は自分の顔に人差し指を向けて乗り出し、
「あたしもなんだよ! もう一週間経つし、一向に見つからないから心配してるんだよ」
紫水は肩を落とす。必死にずっと捜していたような言い方だ。ならば尚更。
「紫水。そのことなんだけどさ、円藤由里は──」
「待って、諒花」
横に居た零に手を前に出されて制される。その意図はすぐに分かった。
「紫水さん。場所を変えて後でゆっくり話せない? 私達も情報持っているからあなたの知っていることを教えて欲しい」
「そうだねえ……この後は──」
紫水はその場で腕を組んで考える。
「ああああああああああああああーー!! やばいやばいやばいやばいやばーい!! あたし、これから追試受けないといけないんだった!!」
両手をバタバタさせ、今にも死にそうなほどの絶叫が辺りに響き渡った。
「そ、そだなぁ……一時間だけ待って! 後で連絡するからID教えてよ」
「分かった! っと、ええーと、IDってどう出すんだっけ……?」
アプリ画面を開くが交換のために出す正方形のモノクロのアレが分からない。とっさのことでアレの名前も浮かんで来ない。そもそもチャットのIDの交換はそう頻繁にやるものではない。
「貸して。ここをこうやって……」
焦っていると隣にいる零が助け舟、スマホを見せるとあっさりとQRコードが表示された。
「そうだった……サンキュ。ほらよ」
その画面のままスマホを手渡した。紫水はそれをポケットから取り出したスマホで読み取ると返すとすぐに紫水の名前が表示された。これさえ分かれば、無料通話だけでなく、吹き出しでやりとりも出来る。
「ありがとー! それじゃ一時間後にまた!」
煙をあげて全速力で学校の方向に走っていく紫水。その後を歩きながら追いかける。零は細々と続ける。
「私達も三軒茶屋キャンパスに向かおう。あと、これから彼女の名前を出す時は気をつけて。まだ事件が学校に知らされていない可能性がある」
「そ、そうだな……」
零が止めてくれなかったら今頃大変なことになっていたかもしれない。彼女とは無論、円藤由里だ。
「学校は把握していても大々的に公表してない線もある。学校の様子を見た後、適当な場所で時間を潰そう。今聞き込みをするのは危ないかもしれない」
「こういう時、蔭山さんがいたら、分かりそうなんだけどな……」
「聞き込みは出来なくても、いち早くこちらに好意的な情報提供者に会えて助かった。彼女はこちらを敵と認識していないからある程度は信用しても良いと思う」
紫水はこちらが女騎士じゃないことを察するとすぐに戦いを切り上げた。そんな彼女だ、姉の翡翠が干渉して来なければ、聞き込みも容易い。
歩道を真っ直ぐ歩いた先に目的地は大きく存在していた。
ビルの建ち並ぶ歓楽街の広い敷地に、四階建ての白いコンクリートに綺麗なガラス張り、同じデザインの四角い建造物が至る所に並び、建物と建物が通路で連結している。初めて見るその景色のあまり興奮で思わず駆け出した。
「ここが……! うわー……でっけえなー」
校門前に行ってみると制服を着た学生たちが少なからず右往左往し、沢山のキャンパスだけでなくその奥に立派な体育館らしき建物も建っていた。天井が高く、膨らんだ屋根の形がまさにそれだ。
目の前の光景はいつものと言った所か。テレビに映ることもあった剣道部主将、円藤由里が亡くなったのに際して、校門前から見えるキャンパス前に特別な献花台が置かれているとか、そういった故人を偲ぶ特有の空気もない。
土曜日ゆえにそこまで人の数は多くない。紫水みたいに追試か何かしらの理由で通学してきた生徒ばかりなのは想像に固くなかった。
「さ、どこかで時間を潰してこよう。行きたい場所ある?」
「一時間かー。あんまりここら辺には行かないし、この近く適当にブラブラするか」
「そうね」
校門の横を通り過ぎて、学校の周辺を歩き出す。零もそっと後ろからついてくる。駅から直結していて行きやすいオランジェリータワーのスーパーや店に行く機会はあっても、街を少し歩いた先にあるこのキャンパス周辺を歩くのは殆どが初めてだった。




