第56話
地下の駅から通路で直結する広場からエスカレーターを上がり、オランジェリータワーの敷地から出るとそこは三軒茶屋の街が広がっていた。ビルが建ち並び、ハンバーガー店や蕎麦屋まである。ちょっと視線を上にあげると上には高速道路がかかっている。
「諒花、志刃舘の三軒茶屋キャンパスはこっち」
そう零に言われて、遠方に見えた高速道路とは正反対の方向へと進む。横断歩道を渡り、次第にタワーから距離も離れていく所で零はスマホを確認しながら先に前へ進んでいく。
「くっ、日差しでスマホが見えない。諒花、影作って」
「あいよ」
身長がやや高いのを利用して、零の持つスマホが覆いかぶさるようにコートも利用して影を作ってそのスマホを覗き込む。現在地を示す地図画面を指で動かし、少し離れた所に赤い吹き出しがある。そこが目的地なのは明確だ。
「ありがとう。ここを真っ直ぐのようね」
道の確認が終わった所で歩道を歩き出す。横には車が行き交っている。
「そういやこれから行く所って本校だったっけなー? 志刃舘って三茶以外にも色んな所にキャンパスあるからややこしいんだ」
前に花予から聞いたことはあるがイマイチ全てを飲み込みきれていない。
「ここは各所にあるキャンパスのうちの一つにすぎないみたい。本校はオランジェリータワーにある地下鉄とは別の駅から電車で三つ行った先にある」
志刃舘はやたらとテレビでも三軒茶屋キャンパスがクローズアップされている。それもそのはず、三茶は住みたい街にも多く挙がるほどの世田谷区の中でも有数の都市。
オランジェリータワーには歩美が習い事をしているピアノ教室もある。タワーの周りにはさっき見たものだけでなく、もっと歩けばカフェや個人商店だけでなくラーメン屋、ファミレス、カラオケといった様々な店が街を構成している。
アクセスも数多の駅と繋がっている渋谷のほぼ隣も同然だ。そのため、この土地にキャンパスを置くということは電車通学する学生にも非常に優しい。
「辺りの人をよく見てみて」
零にそう言われて、辺りを見渡してみる。行き交う通行人の中にそれはちらほらいた。大人びた紺色のブレザー、ふちが金色の輝く袖のボタン、様々な色のネクタイやリボンをした男女の姿。
それらは一直線でこれから行こうとしてる場所に向かって進んでいた。その制服とリボン、ネクタイのデザインは渋谷でも見かけたことがあったような気がした。
「アタシ達とは違う、ブレザーの制服、間違いねえな」
「ここには中等部と高等部が均等に割り振られているみたい。ネクタイやリボンの柄に微妙に差異がある以外は同じブレザーの制服を着ているから、一見分からないけれど」
普段着ている碧庭学園のセーラー服は白と青。それらが調和して開放的な雰囲気を纏っている。男子の紺色ブレザーもやや明るい色合いだ。
一方、志刃舘の男女共通の紺色ブレザーは濃い目で少し堅苦しい印象だ。特に男子は背中から見るとブレザーも相まってサラリーマンのスーツに近い。袖のボタンが学生服だということを感じさせる。
ネクタイやリボンに違いがあるのは零の言う通りで、ややカジュアルで明るい赤色に青のラインの入ったシマシマ模様のもの、もしくは紺色に水色ラインの入った落ち着いた同じ模様の柄をしたものが散見される。
その時。背後から何かがこちらに向かってくる気配がした。
「どいてどいてぇーーーーーーーーーーーー!!」
制服を着た一人の少女が慌てた声をあげながら横断歩道を駆け抜け、通行人を避けてがむしゃらにひた走ってくる。横に結んだ髪を揺らしながら。




