第55話
目的地、三軒茶屋へは渋谷から地下鉄に揺られて二つ。
三軒茶屋に着くとまず真っ先に目に入るのが、真っ青な青空をバックにオレンジ色のコンクリートと窓ガラスで覆われた27階建ての大型複合ビル。
オランジェリータワー。広大な世田谷区のシンボルの一つであり三軒茶屋近隣のランドマークだ。地下鉄の通る三軒茶屋駅を上がっていくとそれは空に向かって建っている。
ビルの地下には生活用品の並ぶスーパー、一階からエスカレーターを上がった先には雑誌や漫画、小説の並ぶおしゃれな本屋、ゲームやCD、DVDにブルーレイが並ぶ店などが並び、26階には豪華なレストランに展望ロビーと至れり尽くせりだ。駅から大きく移動することもなく買い物には最適──そんな光景が頭の中でシミュレーションされ、浮かんでくる。が、今はそうではない。
人混みの行き交う渋谷駅の地下通路を抜けていき、人の濁流に飲まれながらも改札を抜け、階段を降りていく。
到着した電車から押し寄せる人の流れに逆らい、人の流れの隙間から後方の車両に乗り込んだ。席は既に埋まっている。休日出勤のスーツ姿のサラリーマンや休日ゆえのカジュアルな格好の若者まで、多くの人でごった返していた。まだ朝八時前なのに。
乗車して正面に見える向こうのドアに初月諒花は背中を預けた。三人でこうしてどこかに行くのは久しぶりかもしれない。もしもこれが戦いのためではなく、遊びに行くのだったらどんなに平和だったか。
昨日、体調を崩していたという歩美も元気に戻ってきた。早く滝沢家を何とかして、みんなで気楽にどこか行けるような日常を取り戻したい。
誰も口を開くことなく走り続ける電車。気がつくとあっという間に三軒茶屋到着のアナウンスが流れ、目の前のドアが開かれた。
外に流れていく人。階段を上がり、改札口を抜けて、外を出るとイメージ通りにオランジェリータワーが雲ひとつ無い青い空に向かってそびえ建っていた。
同時に吹く秋風に乗せられて、長い黒髪と上に着ている黒いジャンパーの襟が揺らぐ。歩美はタワーと空を見上げて、
「いい天気だねー。わたし、タワー地下のスーパーで買い物して帰るけど、諒ちゃんと零さんは志刃舘の後はどうするの?」
「全く決めてないな。先が読めねえから」
「行ってみて状況次第という所かな」
とにかく今は志刃舘に行ってみなければ分からない。行けばまた新しい答えが見えてくるかもしれない。決して相手が歩美だからとボカしているわけではなくこれが真実だった。
「そう。じゃあ、わたしはこれで。二人の邪魔になっちゃまずいからね」
歩美はどこか苦笑しながら身を翻してタワーの方に駆け出して行った。その背中を見送る。
「諒花。歩美には事が落ち着いたら、事情をちゃんと話そう」
「ああ。たった一日なのに色んなこと起こりすぎたからな……」
昨日は歩美が早退する以前に行方不明だった円藤由里が遺体で発見され、更に夜は女騎士を求め、その正体がこちらだと断定した滝沢家が渋谷に攻め込んできた。彼らを黙らせるためには先に女騎士が誰かを突き止める必要がある。そうして女騎士最有力候補である円藤の手掛かりを求め、三軒茶屋に足を運ぶきっかけとなったのだった。見事に一日にギッシリと出来事が詰め込まれている。
歩美は異人ではない。普通の人間だ。それは本人も自覚している。そのため、どうしてもこういう事件が起こっている状況になると、自然と部外者になりがちだ。同じ学校に通う友達なのに。それは諒花だけでなく、零も分かっていた。




