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切り裂きジャックと死神の追跡 後編

 ヌルイと三文字で言われたら確かにその通りだ。前に戦った時──二戦目も歩美を人質にとった。あの二人と戦えればそれでいい。森の中という絶好のフィールドに二人を誘き出した後は縄を切って無傷ですぐに返してやったのだから。


 三か月前、あのレーツァンが池袋の地下闘技場で開いた大会。そこに集まった様々な強者を打ち破った末に決勝戦の舞台に対となる形で上がってきたのがあのメガネ野郎──樫木麻彩だった。奴の飛び道具や武器をも見えなくする透明能力の前に対処しきれず敗れた。準優勝の大バサミのシーザーと呼ばれたのはその後だ。

 裏社会の帝王と呼ばれるレーツァンの主催した大会で多くの異人ゼノを下したナンバー2とはいえ、その栄えある地位から一気に叩き落としてきたのがあの人狼女だ。樫木の考えるように容赦ない仕打ちをお見舞いしてゲラゲラ笑えば気が済むかもしれない。負けたことでオワコン扱いされて屈辱を味わった。


 だが。


 本気で堂々とリベンジをしたい。正面からあの二人にぶつかって倒したい。そうして拳を突き上げたい。今、傍にいるメガネのように、報復だけに囚われた手段を使って勝ってもただ空しいだけだ。戦い続ける者としての目標を見失ってしまう。好敵手はこの手でブッ倒してこそ意味があるのだ。黒條零も、あの初月諒花もだ。


 と、意識を目の前に戻す。この渋谷の街の駅の地下通路は凄まじく長い。歩いても行き交う人ばかり。狙いを見失ってしまいそうである。とはいえ、肝心の樫木が見失うはずはないだろうが。もしそうなれば失笑もんだ。


 改札口を抜けると電車を降りてきたかつてない乗客でごった返す。

「ちくしょー、このままだと先に乗られちまうぞ!」

「急ぐぞついてこい犬!」

 焦った樫木にぐっといきなり引っ張られ、息が苦しくなる。


 人が溢れまくる階段を降り、ホームに着くと見えてきた車両の一歩手前まで引っ張られ、ドアが閉まり始めた隙間に中へと引きずり込まれた。


「やっと乗れた……」

 さすがの樫木も焦りの表情を見せた。紺色のハンカチで汗を拭っている。

「べっ……へっ……」

 息が苦しい。鼻と口から吸い込んだ酸素をいきなり塞がれたような。こちらが美味しい空気と水が欲しいのをよそに、樫木はお構いなしに後ろの車両に移動を開始、更に首から引き寄せられる。

「お、おい! く、苦しいっての!」

 樫木の背中に引っ張られながらついていくと、急に立ち止まった。

「いる……!」

 それだけ言って、樫木は前の車両にスタスタと戻り、同時に背後から引っ張られる。勿論、見たのは立っているあの三人娘の姿だ。


 樫木はあの三人がいる後ろの車両の様子を時々覗き込みながら様子を見る。アイツら一体どこまで行くんだと気になり始めた所で電車はちょうど池尻大橋を抜けて、次に三軒茶屋に到着するアナウンスが流れ出す。電車が止まると言葉なくいきなり前触れなく引っ張られてホームに突き出された。


「いてっ! 三茶かよ!!」

「立ち止まんな犬! 行くぞ!」

 樫木に引っ張られ、エスカレーターを上り、人が行き交う改札口を抜けた後、再び三人の少女の後ろ姿を追いかけるパターンに戻った。

 駅を出ると、眩しい日差しとともに目の前には青空を突き刺すほどのオレンジ色のレンガとガラス張りで出来たタワーがそびえ立っていた。

 そこで三人は二手に分かれた。標的の二人はタワーの敷地から出て街の方角へと歩いていき、この前人質にとった赤いヘアピンの少女はタワーに入っていく。


 ――!

 すると首の後ろから金属が入り込む音とともに、首輪が軽快な音とともにあっさりと外された。同時に昨日から外れなかった首輪の仕組みが頭に入ってきた。真後ろから鍵でロックされていたのだ。外そうにも外れなかったのもそれだ。


「犬、お前は出てったあの二人を尾行しろ。僕はビルに入ったあの赤いヘアピンの女を尾行する」

「なんだと!? だったらオレが――」

「うるさいさっさと動け犬。心配するな、大事なとこまでつまみ食いはしない。その代わり、お前もつまみ食いは無しだからな」

「したらどうする?」

 そんな事言って、どうせつまみ食いするんだろとシーザーに怪訝な目を向けられた樫木は、

「その時はお前を血祭りにしてからぶっ殺す。指示は後でするからそれまで二人を絶対に見失うなよ。しくじったら殺す。僕はあの女を捕らえ、悲劇のステージの準備に入るとしよう……ククク」


 ──ホント、気に食わねえ……

 とはいえ、これで身軽になった。つまみ食いするなと言われて律儀に守るなんてバカらしい。都合よく戦いに持ち込めるこの楽な状況をみすみす逃してたまるか。


 と、喉が渇いた。通りかかった自販機で青いペットボトルのパッケージが特徴のアクエリ──アクエリウスの略である──を買い、懐に忍ばせる。

 そして見失わないように、二人の背中との距離をキープすべく急いで街の方へと全力疾走した。



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