切り裂きジャックと死神の追跡 前編
青い空から降り注ぐ朝の日差しの眩しさで目を覆い、そして欠伸が出た。
多くの通行人が無数に行き交う街。大バサミのシーザーの視線の先は歩く三人の女どもの背中をしっかり捉えていた。その中で一際目立つ黒い長髪と銀髪の二人がとても良い目印だ。
「あいつら、休日にどっか遊びに行くつもりか?」
「余計なこと喋るんじゃない、この犬! ワンって鳴け!」
「ワ、ワオーン……」
辛辣な言葉とともに後ろから引っぱたかれ、半泣きして犬の鳴き真似をする。もはや、何かの罰ゲームでしかない。
頭に巻いた赤いバンダナの後ろが風にそっと乗せられ波を描く──が、今は正直重たいし歩きにくい。何せ首には鉄の赤い輪をつけられ、それに繋がる鎖に引っ張られて歩かされている状態なのだから──
昨日のファミレス。メシ代の代わりに無理矢理手を組むよう強要してきた全身黒づくめの幽霊を模したフードを被ったチャンピオン樫木、いやメガネ野郎。
『カネ払ってくれるだけじゃ奢った僕の気が済まないんだよなぁ。主導権は僕にある。あんなに美味いステーキとライス食っといてこのまま帰れると思うなよ?』
当然、メシ代は払うからとこの後も何度も交渉した。倍の金額、いや三倍払うからとプッシュしてもこちらを見下し歯を見せて悪魔の笑みを浮かべながら『ダメだ』の一点張りの屁理屈。
『ああ、そうかい。分かったよ、僕と組む気がないのならば──今日からキミは僕の犬だ! 飼い犬として使ってやる! 逆らえば殺す! マヤと言っても血だらけにしてやるからな!』
そうして呪縛の首輪は首につけられた。
さすがにホテルまでついては来なかったがこの首輪、外そうにも外れない。壊そうにも壊れない。後ろに何かを差し込む穴がある。結局、ベッドで横になっても首輪が布団にめり込んで落ち着かなかった。
朝起きて、チェックイン前にコンビニで買っておいたカツサンドをミニ冷蔵庫から取り出して食し、部屋を出ると待ってましたと言わんばかりにニヤニヤと狡猾な笑みを浮かべたメガネ野郎が鎖を手に立っていた。まるでずっと見ていたぞと言わんばかりに──
飼い犬のように輪をつけられ、引っ張られるその姿は傍から見れば滑稽に映る他ない。すれ違う通行人の視線をいっぺんに浴びながら三人を尾行する。
この状態で地下に続く階段を降りるのは一瞬ヒヤリとする。バランスを崩したらどうなるか。転べば間違いなく上に引っ張られ息が続かなくなる。
階段を下りきった後、人ごみの向こうにいる三人の背中をしっかりマークし、後をつける。
「一人だけ明らかに戦闘力を感じない女がいるな。これはチャンスだ」
行き交う人を避けて歩きながら鎖でこちらを引っ張るメガネ野郎──樫木麻彩は口を開いた。その口振りから喋っていいと見て口を開く。
「おい、マ──樫木。あの赤いヘヤピンの女を狙うならオレにやらせろ」
意地でもリベンジしたい。それならあの歩美という女をまた人質にして誘い込んで戦いに持ち込む。そうすればまた黒條零の怒りを一時買うかもしれないが、このメガネの手から逃れる意味でも有効な作戦だ。このメガネ野郎の狂った残虐さをバラした上で歩美を守ってやったと後で説明すればいい──そう思った矢先。
「いいや、僕がやる。あの女は使える。僕の顔に泥を塗ったアイツらの目の前で、あの女を捕まえてその喉元に鎌をあてがって見せしめに動脈を……!」
「なっ……!」
ブツブツブツブツと何を言っているか聞こえないがその口から無数に出てるのは恨み言。さすが暗殺で飯を食い、その果てに死神の異名を頂戴しただけある。一度は自分を破ってチャンピオンに輝いた男。憎いと思った相手を執念深く追い、気が済むまで痛みつけ、そして命丸ごと消し去る容赦のない様がよく出ている。やっぱりだ。
「おい!! そんなやり方、オレは認めねえぞ。人質は標的を誘き出すためのエサだ、殺す必要はねえだろ」
同じく初月諒花と黒條零に敗れた者同士だ。方向性は一緒。だが、やはりコイツのやり方には同調できない。
「キミは本当に甘いなぁ、大バサミのシーザー。現代の切り裂きジャックという異名も飾りか? 人質も口封じに皆殺しにするのがプロの仕事だ。痕跡は残さない」
樫木の視線がギロリとこちらに向けられる。
「この際、ハッキリ言わせてもらう。僕と三か月前にリングの上で栄冠を争った相手が、本心はこんなヌルイ奴だったことに失望したよ。せっかく武器無しで人を切り刻める良いチカラ持ってるのにさ……」
冷めた口調で、能力への羨望も込めて、嘲ってくる樫木。
「うるせえ!! お前がオレの能力をどう思おうと勝手だ! だがな、オレらが用があるのはあの二人だけだ! あの赤いヘアピンの女は関係ねえ。けど誘き出すのにはこれ以上ないほど使える。だから気を失わせて、二人を誘い出すのに使い、用が済んだら無傷で放す。それでいいだろ!」
「しっ、静かにしろ犬。聞こえたらどうするんだバカ」
偉そうに人差し指を口の前に立てられ、沈黙させられる。まるで聞きたくないうるさい話を遮られたように。
戦意もない、戦えない奴まで不必要に遠慮なく殺る。それがこの糞メガネ野郎のやり方だ。同時に実感した。思い知った。コイツにはもう何言っても聞かないし、話をするだけ時間の無駄であることを。




