第52話
『おはよう。こっちは無事だよ。家も大丈夫だ、朝ご飯は食べたかい?』
花予の新しい吹き出しも目に入り、これから食べる旨を軽く返信した。一見、何気ない光景に見えるが、今の状況でこれは朝の花予の安否確認とも言える。
コンビニで買ってきたものを零は手提げ袋からテーブルに一つずつ置いていく。プラスチックに入ったサラダ、袋に入ったトーストだけでなく、
「おっ、唐揚げじゃないか! アタシの腕の見せ所だな!」
「朝食、トーストとサラダだけじゃ足りないと思って。諒花には唐揚げを仕上げて欲しい」
「任せとけ!」
諒花は唸る拳を握った。初月家は諒花と花予の二人暮らし。花予は大抵家にいて、パソコンを通して仕事をしているが常に家にいられるわけではない。そこで幼い頃からちょくちょく生きる術として料理や家事などを教え込まれた。親友のために料理を振る舞えるとなれば果然、腕が鳴る。
フライパンに油をたらし、その上でジューシーに焼きあがる唐揚げ。やがてホクホクに焼き上がり、白い皿の上に乗せていく。サラダを盛り付け、そうしているうちにトースターで焼いていたトーストがベルの音とともに上から顔を出した。朝食の出来上がりを知らせる合図。
昨夜とは打って変わった、実に対照的な朝だ。昨日の晩飯はお湯と3分で出来上がるカップラーメンだった。
花予が無事だったとはいえ、いつ滝沢家がここを嗅ぎつけてくるか分からない。いざという時のために夕飯はすぐに済ませられるものにしたのだ。敵が攻めてきても逃げられるように。
花予とも互いの安全を確かめ合うように最初は吹き出しで連絡し合い、いざという時は覚悟も決めた。しかし時を追うにつれてその緊張の糸も徐々にほぐれ、順番にシャワーとお風呂でさっぱりし、そして今日のことの打ち合わせで午後十一時には消灯。ファミレスを中心にどこかに食べに良く話はこの時にして少し期待してしまったのだ。
結局、懸念した通りに滝沢家が襲撃してくることはなかった。零曰く、滝沢家はこのマンションのすぐ目の前の歩道に一旦集まっていたというので最初は気が抜けなかったのだが。
暗闇の中、暖かい布団に入った時はドアを突き破られるとか、窓を破壊して乗り込んでくるとか、大げさな夜襲の可能性も浮かんだが瞼を落としてるうちに眠りに入った。
「ありがとう、諒花。いただきます」
「おう、ハナの直伝だ。食べようぜ! いただきます」
笑みを浮かべ、手を合わせる零に合わせ、同じように手を合わせる。花予直伝のその味は、学業から家事まで何でも一人でテキパキ出来る零も舌を巻く。それを受け継ぐ諒花の作る唐揚げも同じでとても嬉しそうに食べる。
テーブルに腰を下ろして、諒花も向かい合うように朝食にありつく。
「トーストの味付けにこれ使って」
「お、イチゴジャムじゃん!」
トーストのトッピングも多彩だ。零は丸いパッケージに入ったそれを置いた。マーガリンだけでなく、追加でイチゴジャムもある。
束の間の平和だ。これから行く場所には遊びに行くのではない。正反対の西の方角にある三軒茶屋。そこにある志刃舘高校のキャンパス。
そこで昨日遺体で発見された剣道部主将の円藤由里についての情報を集めること。まだ確証はない。しかし、零はこう言った。
──謎の女騎士の正体は実は殺された円藤由里なのではないか、と。
『諒花、女騎士が現れた日を思い出してみて。私が知った情報も合わせて整理してみよう』
昨夜の零との会話が蘇る。一夜明けてより記憶が鮮明になる。
一昨日シーザーと戦っている最中に乱入してきた全身鎧の女騎士。左手で剣を握り、出会い頭に振り下ろしてきた。その後は剣を両手で振るって二刀流の零と互角に渡り合っていた。その構えは剣道と同じだった。その翌日に円藤由里は遺体となって発見された──
円藤由里は一週間前、零とともにベルゼなんとか──<部流是礼厨>──のアジトで樫木麻彩を倒したちょうどあの日に姿を消している。女騎士が青山に現れて滝沢家を襲撃したのはその翌日。失踪から丸二日になった所で捜索願が出され、テレビのニュースでも報道されていた。
円藤由里は剣で斬られたのではなく、首を腕力によって強く絞められた状態で発見された。それによって女騎士が円藤由里を殺したという線も自然と崩れる。
行方不明となった翌日に女騎士が初めて青山に現れていることで非常に疑わしい。それは情報を整理して思った諒花だけでなく、零も考えは同じだった。
行方不明後に女騎士となって暗躍していたとなれば辻褄が充分に合う。そうなれば鎧と剣といった装備をどこで手に入れたのか。それはひとまず置いておいた。全てはあの冷徹なる鎧の中の人が知っている。突き止めて見つけ出し、聞き出せば分かることだ。
仮に零の推理が本当だとすれば、円藤由里、即ち女騎士は他の第三者によって殺されたことになる。その第三者が誰なのかは現状全く読めない。が、女騎士の正体が分かれば、滝沢の軍勢はこちらと戦う理由を完全に失う。
行き当たりばったりではあるが、今は少しでも手掛かりが眠っていると思われる可能性がある場所に行ってみる他はない。どのみちこのままでは総勢2500人を相手にやり合わなければならない。
紫水は手を引き、シンドロームとマンティス勝を倒しても滝沢家には翡翠以外に更にもう一人異人がいることが零の口から明らかとなった。その時のやりとりが蘇る。
『その名前は石動千破矢。諒花が紫水から聞いた話だと、渋谷には来ていなかったみたいね』
『ああ、そんな名前聞いたこともない。そいつ強いのか?』
『翡翠から直々に執事を任せられるぐらいだからその実力もかなり高いに違いない。事実上のナンバー2で翡翠の盾とも目される存在だから』
『ムチャクチャ強そうだな。こんな時じゃなかったらどんな奴か、いっぺんツラを見てみたいぜ』
さすが零の情報網だ。あの変態ピエロ──レーツァンについても自分が会う前から存在を知っているほど。近隣の青山を支配する滝沢家についても前々から調べてくれてたに違いない。
この狙われている状況下では、更なる強敵の襲来は避けたい。石動と主である翡翠これまでの敵以上に強いに違いなかった。
女騎士の正体を暴けば、盾の石動とも戦わずに終わる。あと一歩、あと一つだ。
テレビやネットでは円藤由里は捜索願が出されているという旨の報道だけで、昨日の殺害事件についてはまだ公になっていない。
それがいつ表に出るのか。いや、このまま何もなかったかのように闇に葬られる可能性もある。表社会のメディアたる箱の中に映し出される出来事はほんの一部でしかない。
現にこれまで戦った敵──<部流是礼厨>の連中、シーザー、レーツァン、樫木麻彩。そして渋谷に現れた滝沢家。これらが関わった事件については全く触れられていない。




