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第51話 

 赤く熱を帯びるアスファルト。燃え盛る紅蓮の炎。悲鳴をあげるように黒炎をあげ、燃え上がる五台の車体。焦土と化した塊には生きている者など誰もいない。

 どこからか放たれた水流が炎の壁に風穴を開け、慌ただしく足音を立ててゾロゾロやって来たのは、灰色の防護服とヘルメットを身にまとう集団。止むことを知らない激しく燃え広がる炎を消しながら掻い潜っていく。

 その一人が完全なる炎上を免れていた、半壊している一台の車を覗き込んだ。


「いたぞ!! 生存者だ!! 早く救助を!!」


 炎の中、響き渡る救援要請。赤く包まれた空間が四方八方から徐々に暗い闇へと塗り潰されていく。


 ──!

 真っ暗な闇が上下に払われ開かれる。白い壁にある丸い光は消えていて、窓の向こうからの朝日が初月諒の全身を明るく照らす。瞼を貫通しそうなくらいに。

 ──また、あの夢か……


 布団から上半身を起こし、両手をあげてあくびをしながら目をこする。彼女の白いパジャマの首筋と胸元には魅惑的な曲線が描かれている。

 あの夢を見たのは久しぶりかもしれない。前に出たのはいつ頃だったか。でも鮮明に覚えている既視感のある夢。

 燃え盛る炎、焼けるアスファルトと車、そこに防護服を着た救助隊が助けにやってくる──このパターン映像が眠りについている時に突然映し出されることがある。まるで誰かが自分の横で映像を流しているような。 

 一番最初にあったのは小学校低学年頃から。当時は赤い炎の中にいるという不思議な夢の感覚でしかなかったが月日を重ねるごとにそれは内容を理解出来るほどになるまでになっていった。


『それはね……あたしの姉さん、いや、諒花のお父さんとお母さんが亡くなった事故の記憶が夢に出てきてるんだろうな』


 いつだったか。花予に相談したら返ってきた言葉が頭の中に蘇る。事故については物心がついていない頃なので思い出そうにも記憶にない。ちっとも浮かんでこない。

 だが不思議にも、こうして夢という現象を通して何度も出てくる。ということは覚えていない自覚がないだけで実は脳のどこかに爪痕として刻み込まれているのかもしれない。花予はその時事件のことも詳しく話してくれた。


 2013年11月。当時3歳だった諒花を乗せた車は高速道路を走っていた。そこに車一台が追突したことで、付近を走っていた車を巻き込み玉突き事故に発展した。高速道路上は燃え広がり、辺りはたちまち猛炎に満ちた。

 後方座席右側に座って娘諒花の面倒を見ていた初月花凛、車を運転していた夫の諒介(りょうすけ)は既に手遅れであったが、ただ一人、諒花だけは奇跡的に救助隊に助けられた。両親二人はまるで死に際で愛する娘を守ったかのような最期とも言われた。

 初月一家の車に追突してきた元凶である車の運転手もなぜこのような事故を起こしたのか分からないまま、真実とともに業火の中へと消えていった。


 この夢から覚める度に安堵と寒気を実感する。現実に戻ってこれたこと、燃え盛る炎の中での恐怖。そしてあの時自分が小さい子供じゃなかったら、助けられたかもしれないのにというどうしようもない後悔。

 だが、これはもう考えてもしょうがない。夢から覚めたら後悔はすぐに忘れるようにしている。同じ思いを花予もしていたからだ。家族で水入らずの旅行へ行く途中に起こった事故。突然の悲劇の知らせが遠く離れた花予にも突き刺さった。その時の衝撃は凄まじかったという。


 ──母さんと、父さんが繋いでくれた命。二人の分まで精一杯、後悔のないように生きるんだ。


 この夢を見る度に思う。もしあの時、炎に焼かれて死んでいたら今はない。守られたから今がある。だからこそ、どんな困難があっても、時に耐え難い悲しみが降りかかろうと、今を生きなければならない。


 そういえば、横に敷いてある奥のテラス側のスペースを占領していた布団は既に綺麗に畳まれた後。そこに寝ていた親友の彼女が姿を消していた。

「零ー、どこにいる?」

 呼びかける声が一室に空しく響く。時計は朝七時を回ろうとしていた。

 この家にはふたり分の布団にパジャマ、そしてお箸やコップ、歯ブラシや歯磨き粉まで生活に必要なものはあらかた余分に用意してある。零曰く、何も無いワンルームだが、こういう時のためにもう一人用の分を確保しているのだとか。零は戦いにおいても常にこちらを守ることに全力を注ぐ。無茶してしまうこともあるほどに。実に零らしい。

 何でも揃っている、まるでホテルの部屋のような洗面所を覗く。洗面所は綺麗に整えられていて使われた形跡がない。


「ん?」

 玄関の方から鍵の外れる音がし、そっとドアが開かれた。銀髪に隻眼の少女がひょこっと顔を見せた。


「諒花、ただいま。おはよう」

 頭から被るほどにコートを着込んで手提げ袋を持っている零が靴を脱いで上がってくる。普段はクールだがちゃんとするその挨拶は親友のそれである。


「零、どこ行ってたんだよ?」

「朝ごはんの買い出しついでにちょっと偵察。大丈夫、ここから大通りに出てすぐのコンビニだから」

 このマンションから歩いて二分する場所にコンビニがある。街路樹の影に覆われ、小規模なビルの建ち並ぶ道に。

「だったら起こしてくれりゃ良かったのに。滝沢家に狙われたらまずいだろ?」

「諒花にはきっちり寝て、休んで欲しかったから。それに隠密行動は複数より単独の方が成功しやすい」

「だけどよ──」

 

 少しだけ不安になっている自分に気づく。こちらを守るために勝手に動く零はそう珍しいことではない。

 しかし先ほどの赤い悪夢を見た後だと両親と同じように、零も目の前からいなくなってしまうのではないかと。

 悪夢のせいだ。そうは言ってられない。意識を現実に戻す。


「朝はファミレス行くんじゃなかったか?」

 実は昨夜の話し合いの後、今朝の朝食は時間に余裕を持って、三軒茶屋に行くためにファミレスかどこかで食べることも模索していた。


「書き置き、スマホに残したんだけどまだ見てない?」

「え?」

 目が点になった。スマホを見る。新しい吹き出しがあった。


『おはよう。偵察も兼ねてコンビニに朝ごはんを買いに行ってくる。ファミレスは敵に狙われる可能性があるからやめよう』


 零が言うならと、それを信じることにした。


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