第49話
それは先ほど滝沢家から逃げている合間、諒花が送った吹き出し。画面に浮かぶそれを見た途端、零の顔色が変わった。
「これは……諒花、もしかして花予さんは──」
「ああ、ハナは……!」
一番新しい諒花の吹き出し。そこには『既読』の二文字がついていた。善は急げだ。
「もしもし、零ですけど……」
『零ちゃん? 諒花からかと思ったよ』
「良かった……本当に……!」
『ちょっ、もしかして泣いてる?』
安堵を意味する既読の二文字がついてる矢先、吹き出しの並ぶ画面から無料通話に繋ぎ、スマホを零に手渡してあげた。左耳にそっとそれを当て、電話の向こうからは確かに欲しかった親の暖かい声が聞こえてくる。諒花もホッと息をつく。
「だって……花予さん、殺されたって思ったから……!」
零は右手で溢れ出る涙をそっと覆った。
「家は大丈夫ですか?」
もう離さないとばかりに問いかける。
『あたしが殺された? はは、何を冗談言ってるんだい。全然平和だよ。それより今夜シチューなんだけど、零ちゃんも食べにくる?』
普段はどんな時も常に冷静で落ち着いている零がこんなにも誰かのために嘘偽りもない感情を出して泣いている姿を見たことは久しぶりかもしれない。電話を通してだが、その再会によって零を苦しめていた呪縛もそっと溶けていく。
「すみません、花予さん。シチューはまたの機会に……」
『あら、そうかい……』
残念そうな反応を見せる花予に零は切実な顔で続ける。
「それよりも今、大変なんです。この街に滝沢家という暴力団が乗り込んできて、私と諒花を狙ってます」
『な、なんだって……! 零ちゃん、それくわしく聞かせて頂戴』
「敵は花予さんを殺したと名指しで嘘をついてきて、既に花予さんとその家の場所も彼らに知られてるかもしれないんです──」
零は花予にこれまでの経緯を説明する。目的のためならば街中で拳銃をぶっ放すことも厭わない集団。こちらを見つけた時の反応から、完全にこちらを殺すつもりで来ている。だが、滝沢家はなぜ攻めてきたのか。それを零は知らない。だから──
「滝沢家がどうして攻めてきたかはまだ分かりません。でも今は安全を確保して欲しい、花予さんには」
『なるほどね、分かった。これはちょっとやばいな。非常時のカップ麺とコーラの数を確認しとくよ』
「零、ちょっとハナに代わってくれ」
横からそっと声をかける。
「花予さん、諒花が話したいと言ってるので」
零からスマホを素早く渡され、右耳に当てる。
「もしもし。滝沢家のことだけどさ、向こうは向こうで狙ってる敵がいる。その敵、全身鎧姿で顔を隠してるからさ、それをアタシらだと思いこんで襲ってきてるみたいなんだ」
『要するに、中の人って思われてるわけだ……そりゃ大変だ、早くこちらがそうじゃないと証明しないといつまで経っても終わらないかもな』
非常事態だが、落ち着いて冷静に話をする花予。
「ハナ、アタシ達が何とかするまで待っていてくれ。アタシ達がそっち行ったら余計に危ないと思うんだ。今日は帰れないかも」
『そうだね。街にはヤクザが溢れてるんだろ? だったら零ちゃんの家に泊まって、二人で作戦を立てるべきだ。勝算はありそうかい?』
「一応、向こうの幹部の一人がアタシ達じゃないって気づいてくれたんだけど、この騒ぎがいつ終わるか分からねえ。ハナ、絶対に外を出歩くなよ! 戸締りしっかりしろよ!」
『勿論さ、場合によっては隙を見て駅にダッシュして地下鉄乗って二子玉川を越えるか。とにかく渋谷じゃない場所に逃げることにするよ。一時的な避難所はビジネスホテルとか色々とアテはあるからね』
「すまねえ、ハナ」
『別にいいって。諒花のせいじゃない。こんなんでパニック状態になってたら、姉さんに顔向け出来ないだろ──無事に帰ってくるんだよ』
「……ああ」
その優しい言葉にそっと返事をして通話を切った。
だが、この夜はこの先の長い長い戦いのプロローグであることを彼女らはまだ知らない──




