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第47話

「よお、零。滝沢家とかいう奴らがしつこくてよ、来るの遅くなっちまった」

 左目の涙の結晶を見て見ぬふりするように、あるいは励まそうと、手を軽くあげて返した。


「やっぱり奴らに襲われたのね。上がって、諒花。大切な話がある。相変わらず何もない所だけど許して」

「飲み物と食い物とこの服を乾かす場所があれば十分だよ。あと、この部屋に何も無いのは今に始まったことじゃねえだろ」

 訪問客をもてなすものも何もないこの部屋。負い目を感じている零の右肩にそっと手を置いた。

 ──先に零の話を聞こう。こちらの話はそれからだ。


 実の所、この部屋に入るのはとても久しぶりだ。最後に入ったのは六月の半ばぐらいだったかもしれない。あの時の訪問理由は何かの誘惑に負けず、静かな場所で集中してテスト勉強したかったからだった、ような気がする。

 狭いワンルーム。布団、机、冷蔵庫、小さい本棚、押入れ、キッチン、洗面所、風呂場、トイレ。遊べるものなど何一つない。二人で会ったり、歩美も交えて遊ぶ時はここよりも花予もいる初月家か、気持ちの良いソファーもある歩美の家を選んでしまう。部屋の主さえこの家よりも他の二人の家の方が良いとまで言うのでいかにこの部屋が貧相で寂しいかがよく分かる。

 零は遠い親戚の借りているこの家で一人暮らし。その親戚はかなり厳しく家の中にゲーム機はおろか、ぬいぐるみさえも置かせてもらえない。その親戚はこれまでも授業参観や小学校の卒業式、中学校の入学式にも姿を見せたことがない。普通の会社員でいつも仕事で日本各地を飛び回っていて忙しくて来れないという。

 零の実の両親はもうこの世にはいない。親戚が独り身になった零に住む場所と生活費を与えてはいるものの、強い制約を与えた上で面倒を見ているその姿勢は、同じく実の両親がこの世にいない諒花だけでなく、花予もとても共感出来るものではなかった。ましてや日本各地を飛び回っているにも関わらずお土産一つもよこさない。とても薄情な人物で愛が欠如しており、良い印象は皆無だ。


「零、どこにコートかければいい?」

「そうね……お風呂の上にハンガーをかける所があるからそこにかけて」

 紫水によって濡らされた黒コートをハンガーで風呂場に干す。ベランダは敵に居場所がバレる可能性があるからだ。幸い、シャツは濡れていなかった。冷蔵庫にあるペットボトルのウーロン茶をコップに注いで頂きながら話を聞く姿勢に。


「一大事だからよく聞いて」

「お、おう」

 いつにも増して零の表情は真剣だ。こちらをじっと見ている。暫く続く沈黙。


「どうした?」

 違和感のある沈黙に耐えかねて思わず出た諒花のその問いに、見つめるその表情がやがて耐えられなくなってガタガタと崩れていく。左目から再び涙の結晶が流れ落ちる。


「花予さんが……花予さんが……マンティス勝に……殺された……!」

「えっ……ハナが……! ウソだろ……!」

 顔を覆って静かに泣き出す零。言うべきか言わないべきか直前まで悩んだ末に思い切って出したその報に諒花はウーロン茶を詰まらせ、壮大にせきごんだ。

 花予は異人(ゼノ)ではない。普通の人間だ。戦えない。零はそれを知った経緯を説明した。


「おい、零! それ本当なんだろうな!?」

 これから零と対抗策を話し合おうとそう意気込んでいたのに。もう敵の方が二歩先、いや三歩先を行っていた知らせに重くのしかかり耐え切れず飛び出した声。

 滝沢家の異人(ゼノ)、マンティス勝が初月家の場所を突き止め、土足で上がり込みそして──その先の結末は言葉に出さなくても推測は容易であった。


「うん……奴ら、二手に分かれて一人が花予さんを殺した後に合流してきて襲ってきた……マンティスの服は血で汚れていて殺してきたと……」

「そんな……」

 返り血の存在。『今殺してきたよ』と、言わんばかりの列記とした証拠だ。その付着していた血が誰のものかは言うまでもない。



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