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第46話 

『──すぐに私の家に来て』


 右耳から脳に渡って聞こえる声。それは常に信頼を置いている彼女の口から放たれた必死な救難信号。スマホからの声がプツン途切れると初月諒花は踵を返して住宅街を走った。

 四階から七階ぐらいのビルがいくつも建ち並ぶこの辺りの住宅街。いつもは慣れ親しんだ渋谷の住宅街は既に緊迫した空気に満ち溢れ、敵が徘徊する迷路と化していた。


 紫水と分かれてからも追ってきた、しつこく執念深い黒服の集団は撒いた。走力はこちらが格段に上なのに、奴らは遠吠えをあげるハイエナの如く、仲間を呼び、どんどん距離を詰めてきたが。

 奴らは視覚で捉えた位置情報を仲間で共有し、足を使った追跡だけでなく先回りして黒の車体を飛ばし、正面から銃口を一斉に向けてきた。それらは倒しても倒しても次から次へと現れてキリがない。

 稀異人(ラルム・ゼノ)と言われていても武器を持った集団と正面から戦い続ければ、疲弊もするしダメージも負う。チカラも浪費する。それは、檻から逃げ出した獣が大勢の人間相手に戦って射殺されるのと同じだ。全て倒すまで戦い続けることは無謀だ。暗闇に隠れたビルとビルの隙間に隠れてやり過ごすなりして戦う数を減らすしか方法はない。


 通話で指定された待ち合わせ場所は奇しくもこれから目指そうとしていた場所だった。彼女──零が転校してきた小四の頃より把握しているその場所へ今度こそ向かう。先ほどまでの追っ手がしつこく、この状態のまま逃げ込むわけにはいかなかった。あの家の場所を敵に知られるわけにはいかない。

 向こうがこちらを見失うまでデタラメに振り切って、それから向かおう──そう決めて上手く撒いた所で懐のスマホが震えた。絶妙なタイミングで来たのが零からの通話を知らせるものであった──


『呼ばれたからちょいと零の家行ってくるわ』

 追っ手の気配が無くなった所でスマホを出し、花予に吹き出しを送った。歩美について聞かせて欲しいという問いに対する『後で話す』と返した吹き出しにも既読を示す二文字はついていない。今頃夕食の支度のためキッチンにいる頃だというのは推測できた。


 紫水のこともある。零と会って、今後のことを話し合わなければならない。息を切らすことなく諒花は走り続けた。時折、闇の向こうより現れる追っ手を蹴散らしながら。通報されないようにその顔面を一撃(ワンパン)で殴り、蹴飛ばし、立てないようにし、床に転がって鼻血を出して倒れている奴のかけていたサングラスを足で粉砕する。


 街を照らす明かりは灰色の道を暖かく照らす街灯と建物の窓の向こうの光だけだ。

 前方、背後を伺う。どこから敵がやってくるのか分からない。前後に警戒をする。誰もいない。それを確認し、前へと歩みを始めた時──


「いたぞ!! 初月諒花だ!!」

 声を荒げる男の声が背中に向かって響いた。その方向にはサングラスをした三人の黒スーツの男が迫ってきていた。三人のうち二人が懐からカチッとお決まりの音とともに銃口を向け、一人は鉄パイプを掲げ、その先端でこちらを貫かんと突き出してくる。

 尖っていないとはいえ、当たれば突き飛ばされるそれを左に避け、美しい太ももからの左脚蹴りが頭部に炸裂した。半ズボンなので普段のスカートの下に履いているスパッツの時と同様に恥じらい蹴りは繰り出せる。

 遠くから飛んでくる銃弾二発に向けて姿勢を低くし、抜けていったのを風の流れで確認してから、うち一人の間近に素早く接近し胴体を持ち上げ、もう一人に向かって叩きつけた。敵を無力化したと見たらとにかく先へと進む。せっかく撒いたのに、また大勢でつけられては意味がない。


 今の道を左折し、真っ直ぐにいくと彼女の住むその場所が見えてくる。ゴールはすぐそこだ。左折した先には、諒花にとってもお馴染みの四階建てのマンション。敵がいないのを確認して駆け込むようにして中に入り込んだ。

 ポスト箱の並ぶ部屋の横を抜け、階段を上がってドアの並ぶ廊下に出ると、目標の部屋番号203を見つけ、ボタンに指を伸ばす。ピンポーンという音がこだまし、ドアの向こうから微かな足音が聞こえてくる。鍵の外れる音がし、ドアの隙間から銀髪で隻眼の少女がそっと顔を出した。


「諒花、待っていたよ……!」

 その声音はとても穏やかでこちらが来たことを歓迎するもの。しかし、その顔を見て気になるものが諒花の目に映った。黒い眼帯に覆われていない左の瞳。その周りがやや赤くなっている。しかも微かな雫が今にも落ちそうな様子だった。なぜ泣きそうな顔をしているのか。


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