第44話
「花予さんを殺したお前だけは絶対に許さない……!」
痛めつけられた身体を奮い立たせ、立ち上がる。そして強い剣幕で左手に握っている剣の先端を向けた。
「はははははは! 良い顔だ! 翡翠様の手にかかれば作戦を遂行するための情報を手に入れることなんざ容易いこと! いくら優位に立てる強いカードを持っていようが、心が乱れていちゃあ集中して戦うことはできない! 優れた戦略家は知略で考えて相手の弱所を突き、確実に狩りを遂行するのだ!」
こいつの魂胆はもう見えている。こちらの平常心を乱す情報を先に出して、戦いに集中させなくするため。事実確認は後ですればいい。今はこの状況を打開しなければならない。
滝沢家にどれだけの情報収集力があるのかは分からない。しかし広大な港区の端っこ、青山一帯の裏社会を支配出来るほどの兵隊を従える彼らならば、こちらの情報を予め調べあげた上で奇襲をかけることは可能だろう。
現に奴らは最初から二手に分かれていた。明らかに作戦や意図を踏まえた上での行動だ。こんな都合の悪いタイミングで合流したのは、シンドロームがこちらを追ってる最中に合図でも送ったのかもしれない。
「さあ、じっくりいたぶるぞシンド!」
「おうよ!」
焦る必要はない。この二人と真っ向勝負をすれば、こちらが不利なのは歴然だ。となれば、まずは一人を倒す必要がある。
「マサル! 次はおれにやらせてくれ! 空に近いくらいチカラを使ったが、これで動けなくして、さっさとゲームセットだ!」
紫色に光る毒蛾のナイフを手に、我先にシンドロームが斬りかかってくる。両手で握りしめたその毒の刃による特攻は、黄色いオーラを帯び、刃の先端を向けて突っ込んでくる。
心臓を一突きにすべく狙ったそれは、タイミングを見計らった零の二刀の一振りによって蹴散らされた。
「なっ……!」
全身を回転させた竜巻のような剣技に飲まれ、毒蛾のナイフは夜空の上で弧を描く。
「おれのナイフが……! クソッ!」
落ちてくる所をキャッチしようとシンドロームは手を伸ばすも、背後のコンクリートの溝にズシリと突き刺さった。
すると零は攻めの手を緩めない──武器を抜きとるべく、半分背中を向けて気をとられてる彼に容赦なく怒りを込めた黒剣の交差線が描かれた。
するとその瞬間、耳にしている自慢のヘッドホンが耳元を離れて地面に叩きつけられ、丸い派手なサングラスは木っ端微塵。レンズも黒い結晶となって豪快に砕け散る。断末魔をあげ、シンドロームの身体は横殴りに叩きつけられた。
「お、おいシンド……! 冗談だろ──」
「私はお前を許さない……! 私の大切な人を殺したお前は!」
マンティスが倒れているシンドロームに声をかける間もなく、銀色のオーラを纏い、恐ろしい形相の顔の零が迫っていた。
「クソッ、戦意を奪えたと思ったが、持ち直したか……!」
背後には仰向けで動かなくなったシンドローム。零は残り一匹になったカマキリ野郎を追い詰めていく。
二刀の黒剣に銀色のオーラが沸き立つ。先ほどの怒りに呼応した異源素が剣の太刀筋に再び宿った。




