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第5話

「初月さん、凄いよねー。一昨日の話だけどさ、この前あゆみんにひったくりした連中から荷物取り返したんだってさ」

「二年女子の中でも身長高いし、スタイル抜群、ぶっちゃけ帰宅部って勿体無いよね。初見ならスポーツ系の部活にいてもおかしくないって思うよ」

「入学時にそれ系の部活行くかと思いきや帰宅部だからなー、意外というか。出来れば我が演劇部に来て欲しいんだけどなー。入部してくれなくてもいいから一回出て欲しい。王子様役として」

「王子様分かる! お姫様だっことか絵になりそうだもんね。でもなんか今日は機嫌悪いよねー、いつも仲良しで一緒の黒條さんとピリピリしてるし」


 休み時間。

 同じクラスの女子三人が自分のことについて語っているのをよそに教室を後にした。噂話にくすぐられて授業開始まであの場にいる気分がしない。

 干渉してこないとはいえ、零もいる。誰も寄せつけずじっと本を読んでいる。あれからずっとこんな状態だ。その雰囲気から放たれる、常に見てるよオーラも全開。


 階段を上がって、取っ手を押し込んで重い扉を開けた。紺碧(こんぺき)の空から注がれる眩い日光、少し寂しい気持ちになる秋の風が初月諒花の長い黒髪をなびかせた。


 屋上から見える景色。周辺には閑静な住宅街が広がり、少し歩けば、それはそれは渋谷らしい場所に出る。巨大高層ビルの隙間を車が排気ガスを撒き散らし、人々が右往左往する。

 数年前に地道に続いてきた再開発によって駅周辺が未来的で華やかになりつつあるが、闇と調和するこの街に近頃現れた、ハエのシンボルを掲げた謎の集団<部流是礼厨(ベルゼレイズ)>は好き勝手に蛮行を行い、自分たちの障害になるものに対しては容赦なく攻撃を加える。

 まさにハエと同じくらい汚い連中だ。純粋な子供の大都会での楽しいひと時も台無しにしてしまう、夢を食らうハエ。


 夢と言うと、去年の春のことは今も忘れていない。あの日のことは今も記憶の中に焼き付いている。

 この碧庭学園(へきていがくえん)に入学し、それまでいた小学校のクラブ活動には無かった空手を部活で出来ると心踊らせていた高鳴る思いは、始まる前に一瞬で打ち砕かれたのだ。

 スポーツ系の部活は必ず入部前に通常の健康診断とは別のメディカルチェックが義務付けられている。大半の人間は普通の検診と同じ感覚で特に異常なく終える。

 だが、この体で生まれた自分は違った。そもそも人間ではないのだから。まさかの不合格。そしてそれに伴う入部取り消し。実際はバケモノだからダメという理由でしかない。夢は絶たれた。


 小学生の頃から自身が他の人間と違うことは分かっていた。普通の人間ではなく、異人(ゼノ)という存在であることだ。

 チカラを特別、公の場でぶっ放したりしなければ普通に生きていけると育ての親から言い聞かされてきた。

 

 首にしている赤いチョーカー。これもただのファッションではない。強大すぎるチカラを程よく抑制するものだ。が、だからと言って不合格と入部取り消しの現実は覆らない。

 チカラは制御出来なければ自分にも多大な負荷をかけ、時に自分や周りにも災いをもたらす。

 

 こんな運命でも憧れの夢は追い続けられるものと思っていた。オリンピックは障がい者スポーツだってある。境遇問わず全ての人間が平等に夢を追いかけ、熱狂出来るものだと。

 オリンピックに出て空手の金メダリストになりたい──幼い頃に抱いた夢。しかしその一歩すら踏むことは許されなかった。


 ふとあの時、入部取り消しになって塞ぎ込んでいた時にあいつ──零の言ってくれた言葉が頭の中に浮かび上がる。

 なぜこのような理不尽な仕組みが出来上がったのか。そしてこの世界は、なぜに異能の有無で裏と表に分別するのか。


 言ってくれた言葉は異能の蔓延る裏を知れば、生きる答えを必ず見つけられる。それは誰かに教えてもらうのではなく自分自身で考えて答えを見つけること。

 喧嘩中だが、正直あいつ──零には本当に感謝している。あの言葉が無ければ、生きるための活路が見えなかったのだから。

 

「あ、こんな所にいた!」

「ん? 歩美か」

 背後に立っていたのはクラス委員長の笹城歩美(ささぎ あゆみ)。クラスメートからは通称、あゆみん。前髪を分ける赤いヘアピンが陽を浴びて輝いている。

「この前は本当にありがとう! 鞄ごと引ったくられたけど諒ちゃんのお陰で戻ってきたよ」

「別に気にすんな。アタシもアイツらが許せなかったから」


 四日前の日曜日の夕暮れ。歩美がピアノの習い事から帰宅途中に荷物を奴らに引ったくられた。零の調査もあり、あの路地裏があのハエどものたまり場だと分かって翌日乗り込んだ。

「零さんと何かあったの?」

「ちょっと喧嘩してる。アタシに任せておけば、もう誰も悲しませることもねえのに」

 歩美は小学校の頃からの友人であり、異人(ゼノ)であることを知り、理解してくれる数少ない存在。そんな彼女には包み隠さず話すことが出来る。


「なるほど。諒ちゃんらしいね」

 諒花から事の経緯を聞かされた歩美は顎に手を当ててそう言った。

「なにがだよ?」

「自分の危険を顧みずに誰かのために突っ込んでいこうとする所よ」

「褒めてんのか?」

「勿論。諒ちゃんは逞しいし、見てるわたしも勇気をもらえる」

 異人(ゼノ)として生まれてきたことを幸福だとは思わない。が、やはりそう言われると気分が澄み渡ってくる。誰かのために役に立てたから。


「でも零さんの言っていることも一理あるかな」

「なんだ。結局お前もあいつと同じことを言うのか?」

 諒花は苦笑した。歩美は首を横に振って、

「これはわたしの見立てだけど──」


 キーンコーンカーンコーン。


「あ、三時限目の授業の時間だね」

 休み時間の終わりを知らせる鐘の音が屋上にも響き渡り、話を断ち切られた。

「歩美、ありがとよ。なんか気分が少し良くなった」

「でもあのハエどもを好きにさせておくつもりはない。また同じことが起こる前に何とかしないと」

 歩美の横をすり抜けて、一足早く諒花はその場を立ち去った。


 答えを見つけるには、目の前で起こった事や現れた敵に対して、戦い続けるしかない。だから、歩美やあの親子を襲ったあのハエどもも、必ずこの手で──諒花の握り拳に力が入った。

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