第43話
──やはり来てしまった。コイツの相方が。
夜空から現れて、シンドロームの目の前に着地したのはもう一人の異人。緑色のコート、両手が巨大なカマキリの鎌に変化していて、頭はそれを模した緑色の面をし、頭には昆虫らしく二本の触覚。面と合体した赤色のゴーグルが禍々しく光っていた。
現れたカマキリ男は右手の鎌を前に突き出し、
「はっはははは、見つけたぞ黒條零!! 俺は翡翠様の忠実なる参謀にして青山最速の男、マンティス勝!!」
力強く高らかに名乗ったカマキリ男。その名の通り、コイツは滝沢家の中でも相当な実力者だ。青山最速の異名はカマキリ人間のチカラによるもの。通常のカマキリの比ではない、大の人間が背中に巨大な昆虫の羽を生やして自在に飛び回り、その鋭利な鎌で獲物を切り刻むその姿はまさにハンターだ。
「そしておれも、マサルのフレンドにして青山最凶のMC、シンドローム!!」
「「二人合わせて、滝沢家親衛隊! ハーモニーインセクターズ! 参上!」」
マンティスの流れに沿ってかシンドロームも名乗り、ともにそれぞれの名を大きく叫ぶ。彼ら単体でも、この前戦ったシーザーや樫木に匹敵する実力者だ。
だが、その強さの本質は二人揃った時のハーモニーインセクターズとしてのもの。裏の界隈では通称ハーセクと呼ばれて恐れられている。
因みにMCは一般的に言えば司会者という意味だが、彼の場合はヒップホップの世界におけるラップをする人のことを指す。最凶とは能力で繰り出される、どんな強者も膝をつくその狂音の意味でしかない。
厄介な二人が揃ってしまった。この二人はコンビで裏社会を騒がせてきた。シンドロームは騒音を響かせ、マンティスはその高い機動力と攻撃力で追い詰めてくる。今まで遭遇しなかったのは運が良かった方かもしれない。
「なあ、マサル! さっさとボコして青山に帰るでよくね? お嬢のために!」
相方には普通の口調で陽気に話すシンドローム。
「おうよ、シンド。ここは頭脳に長けた俺に任せろ」
彼を自慢の鎌で遮ってマンティスは一歩前に出た。
「お前、大人しく初月諒花の居場所を教えな。でないとお前から切り刻んで料理することになるぜ?」
「……断る」
言われるまでもなく、ここで首を振るわけがない。
「私は諒花を守るためにここにいる。あなたに指図されるつもりはない」
手元に出現させた二刀の黒剣のうち一刀の剣先を突きつける。だがマンティスは怯えることもなくわざとらしく肩をすくめ、
「おお、怖い怖い。そう言うと思った。けどな、そんな態度がいつまで続くかな?」
諦めた態度が突如強気な姿勢に変わる。
「あなたに何を言われようと跪くつもりはない。あなたを諒花の所へは行かせない」
再度、剣先を向けた。
「クックックッ……じゃあ一つ教えてやるよ。実はもう初月諒花の家に行ってきたんだ。でもいなかったんだよ。だけどよ、そこにいた初月花予だったか……今さっき俺がぶっ殺してきたんだ」
「──! 花予さん……!」
それを聞いた途端にさっきから平静を保っていた零の心がガタガタと崩れ始めた。
──嘘だ、嘘だ嘘だ冗談じゃない。
「それは……本当の話?」
信じられない。敵は初めからこちらの情報を知って動いていたというのか? まさか最初からここまで全部仕組まれていた……?
考えうる可能性がいくつも浮かんだ。いや、決して作り話とかではない。最初から知らないのであればそもそも名前なんか出して来ない。敵への見せしめに殺しておいた相手の名前を出して揺さぶる手の内もいくつか聞いたことがある。
「本当のことだ! 俺のコレを見てみろよ!」
マンティスは鎌となっている両手を広げ、着ている緑色のコートを見せびらかす。夜の暗闇により、この距離からでは暗くてよく見えない。
しかし、そこには赤黒い血痕がコートの各所に確かにある。対象を斬りつけた際に激しく飛び散ったそれがどう付着したかは想像に難くない。
「お前たちの家を潰してしまえば、もう帰る場所はどこにもない。邪魔だったからさっき上がり込んでブチ殺してやったんだよ。この鎌でな! 遺体は──」
その語り口に我慢することが出来ず、たまらず音もなくマンティスの懐に斬りこんでいた。
「おっと!」
振り下ろされる二刀の剣によって描かれるエックス字の斬撃をカマキリの羽で飛び上がって一歩距離をとったマンティス。
「隙だらけだぜ! エックスラッシャー!」
飛行してこちらに狙いを定め、二本のカマキリの鎌を交差させたエックス字の衝撃波が零に襲いかかる。
上空から斜めに降って来るそれは、零に命中するより前に、地面のコンクリートに直撃し、その激しい爆発の余波を防ぎきれず後方に押し飛ばされた。
辺りがエックスの爆発による白い噴煙に包まれ、二人の姿はどこにも見えない。その姿を捕捉するべく辺りを見渡した。どこからともなく虫の羽音がして、
「やれぇ、シンド!」
「ノイズィー・ウェーブ!!」
「──!」
声がした方向を見た時には既に遅かった。震える空気の衝撃波が間近に迫り、跳ね飛ばされ全身がコンクリートに打ちのめされる。その震える空気が煙を晴らし、立ち上がって視界が広がると向こうには二人のサングラスが邪悪な眼差しを浮かべ、恐怖の二人組が揃ってこちらに迫っていた。
「ヘイヘイ! どうしたあ! もうユーに勝ち目はねぇ! 大人しくサレンダーしちまえベイベー!」
「お前、よほど初月花予に思い入れあるようだな。さっきの剣はなかなか強い一振りだったぞ。俺達を衝動的にぶち殺しちまうぐらいに。だが、確認しようたって無駄だ。遺体はもう下水道に捨てちまったからな。はははははは!!」
その憎たらしいゴーグルをこの手で叩き割りたい。そんな怒りに駆られる。
花予は母親ではない。でもこんなよそ者の自分にも凄く優しくしてくれた。ご飯だって作ってくれた。ゲームがこんなに楽しいことだって教えてくれた。誕生日だって祝ってくれた。監視活動という孤独の中で忘れるくらい楽しい時間をくれた。
こんな時に追い打ちのように次々蘇ってくる思い出のワンシーンがフラッシュバックしてイヤになる。それらは怒りと非情の業火によって焼かれてゆくのみであった。