第39話
『──だが、こうなるとは誰も予想もしていなかった……』
世間的には内定式は今月。そう10月だ。まさに内定を出してこれからという時の悲劇。上官──中郷利雄は大きくため息をついた。そこには長官の無念さが漂っていた。
『いいか? 組織を支え磐石とする人材と、脅威となる存在を打ち倒す自衛のための武力は宝だ。この国のためにもな。優れた人材と武力無くして平和などない。初月諒花とはまた違う魅力が円藤由里にはあった』
「上官、私はこの事件に対してどうすれば──」
『この事件は我々が対処する。警察上層部に話を通すのも少々面倒だったが捜査権を奪ったのだ。お前は引き続き初月諒花の監視を続けろ』
蚊帳の外となれば、捜査には関われない。ならば──
「捜査資料だけ、見てもいいですか?」
『なぜだ?』
「謎の女騎士が現れた矢先にこの殺人事件。何か引っ掛かるんです。ですので、二つの事件の資料を──」
蔭山が言っていた情報に一つだけ確認したい気になることがあった。警視庁とXIEDは連携強化を目的に捜査情報を共有するために一部データベースを共有している。諒花の監視を始めて間もない時から上官からの承認制だが、ここのアクセス権を貸してもらい情報を引き出すことで大きな助けになったこともある。今回もそれをもらえれば。
『構わないぞ。データべースにある警視庁から引き継いだ捜査情報のアクセス権を送る。ただ、女騎士の事件と円藤由里殺害事件の関連性があるとは思えないがな。我々の調べた女騎士に関する捜査資料のアクセス権も出そう。ただしいずれも有効期限は一時間だけだ』
「ありがとうございます」
一時間だけでもいい。制限時間が切れればアクセス権が消失し強制退室となってしまう。それまでに必要な所を確認出来れば。
『嵐のような奇襲に長ける謎の女騎士は依然として正体は不明だ。初月諒花に襲ってきた以上、お前が彼女を守れ。もしもあわよくばだが、正体を暴ければこちらとしても都合が良い。何かあったら報告してくれ』
「……了解」
上官とパソコンによるリモート通信を終えると早速、パソコンのメールボックスに1の数字が立った。そこにはXIEDのデータべースに行くためのアドレスと中に入るためのアクセス権となるアカウント情報があった。それらを入力してセキュリティを解除する。時間がないので急いで見ることにした。
まず日付に視線を移すと謎の女騎士は六日前──樫木麻彩を諒花と倒した日から翌日──の夜に確かに出現していたことを確認した。時刻は夜中の十一時に差し掛かる頃。そこから時系列順に細かくまとめられており、時間がないので要所を見極めて読んでいき、要約していく――――
六日前の夜――諒花とともに樫木を倒し、かつ円藤由里が失踪した日の翌日だ――港区で暴力団事務所の三カ所を相次いで襲撃され、組員は全て斬殺されていた。現場に凶器は残されていなかったが、胴体を斜めに斬られた大きな傷や両断された肉片、目撃者や生存者からの聞き取りで凶器は剣であると断定された。
被害を受けた組は指定暴力団円川組末端の鈴川組の事務所二軒と、滝沢家の二次団体滝沢組の事務所一軒。鈴川組はいずれも三階建て、滝沢組は四階建てのビル。
犯人の確たる証拠としてXIEDは独自に現場にいた滝沢組の生存者と本家からの応援部隊から謎の女騎士についての聞き込みに成功した。
詳しい被害状況は現在も調査中。警視庁も『犯人の凶器が剣である』ことは認識しているが捜査はXIEDが主導となり、警視庁に協力を仰ぎながら行われることとなった。
――ここからは実際に聞き込みをしたのだろう報告が日時とともに記されていた。日時は確かな時間を特定出来なかったのか、一部曖昧になっている。
青山の北東に位置する赤坂に二つの事務所を構える鈴川組は全滅。生存者確認出来ず。近隣の情報によると激しい銃声が鳴り響いたが一人、また一人と断末魔が響いた。現場である組事務所には大量の弾薬が赤い血の海の上に浮いていた。
──本部と支部の両方が壊滅させられていたことから、たった一人の襲撃者に対し、総力戦を仕掛けたものと思われる。
一方、青山に事務所を構えていた滝沢組は所有する組事務所の一つを潰された。その場にいた滝沢組の生存者は本家である滝沢家に撤退して警戒を強めていたが、その翌日夜に女騎士は滝沢家の本部である屋敷を襲撃、女騎士を退けることには成功するものの壊滅的打撃を受けた。その後青山、赤坂、六本木といった港区の各所にて女騎士と滝沢家の交戦を確認────
このままでは到底知り得なかった女騎士の捜査の経緯。それが細かく書かれていた。文章だけでなく夜景の屋上や夜の閑静な住宅街に佇む、全身を鋼鉄鎧に身を纏った女騎士の写真もあった。夜間でハッキリと写らなかったのか、明るく加工されたそこに写る者は鎧の形状から昨日遭遇した時と全く同じだった。
一つ気がかりなのは女騎士は最初港区にいたが、昨日になって初めてこちらの目の前に現れたことだ。それも赤坂、青山、六本木といった港区ではなくそこから西に飛んでこの渋谷の街に。渋谷は港区ではない。渋谷区だ。青山のある港区とは互いに東西で隣接した関係にある。
諒花を狙って現れたのは確かだ。現れて最初にシーザーを倒した後、初手でこちらを無視して諒花に斬りかかったからだ。
だが、諒花を狙うなら、それまでの港区での騒ぎはなんだったのかとなる。なぜその前に二つの組を襲撃したのか。資料によると金銭などが抜き取られた形跡はなく、いずれもただの大量殺戮だった。このことから、諒花を狙った動機はシーザーと樫木麻彩を倒した名声を聞いて動いたからなのが有力だろう。
もしも彼女がただ殺戮を楽しんでいると仮定するならば、それまでに殺した相手に手応えが感じられず渋谷にやってきたのならば――滝沢家という鈴川組を遥かに上回る強力な敵を後先考えず作ってしまったことも頷ける。
そもそもたった一人で港区の最西端、青山の裏社会を丸々支配している滝沢家を敵に回すことは無謀を意味するからだ。




