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第37話

「お前、まさか──あの女騎士のことを言っているのか?」


 記憶の中から蘇る。昨日、シーザーと戦っている最中にどこからともなく現れた謎のアイツ。白い太ももを露出している以外は全身鋼鉄の冷たき鎧を纏ったアイツ。一切言葉を発さず通り魔のように斬りかかり、兜という仮面の下の素顔を窺い知ることは出来なかったあの不気味な騎士の様相を。


「そう、それ! あたし達それを追って渋谷に来たんだよねー」

 紫水は人差し指を立てて反応した。それでなぜかこちらが疑われたわけだが。

「なんでアイツを追ってるんだ?」

「あたし達──滝沢家にとっても敵だから。今から六日前、青山で女騎士に滝沢家の組員が仕切る事務所が襲撃されたの。六本木や赤坂とか近隣に事務所を構えてる他所の組もいくつかやられたんだけどね」


 夕方に蔭山の言っていたことが頭に過ぎった。六日前から港区のヤクザの事務所が相次いで襲撃され、皆斬り殺されていたと。 

 青山は奇遇にもそんな港区の都市の一つで渋谷駅を中心として広がるこの街の北東に位置する。この街を含めた渋谷区全土として見れば青山は東に位置する隣接した都市だ。街だけでなく緑もあり、球場とラグビー場があって試合がある時はその周辺はユニを着たファンで賑わう。一方でビル街エリアでは美術館が多数、華やかなファッションを扱う店や高級感のあるカフェがあったりと、目の前にいる元気娘のイメージと打って変わって上品な大人の街だ。


 青山の東には六本木、北東には赤坂、南東には麻布がありそれらをひっくるめて港区西の大都市となっている。女騎士はここから活動をスタートさせたことになる。紫水はハッキリと目撃したのだろう。


「なあ、アタシの話を聞いてくれ。その女騎士に昨日出くわしたんだよ」

「ええーっ!? ちょっと聞かせて!?」

 口の前に手を広げて、紫水は目を丸くすると、昨日遭遇した女騎士の話をした。


「なるほど、女騎士はシーザーを串刺しにした後、襲ってきたんだね。青山でもそうだったよ。まるでロボットみたい」

「あぁ、何も言葉を発しないで襲ってくる不気味さをよく覚えてる。他に情報はない」


「そっか。じゃあ、その場にいたもう一人の銀髪の子──黒條零も女騎士候補からは外れるね」

「零が女騎士なわけねえだろ! その時もアタシを守ってくれた」

 いけない。思わずカッとなってしまった。友達が指名手配されているのはどうも気に食わない。


「そうだよね……ごめん。でもどうしよう。めんどくさいことになってきたなぁー……」

 紫水は額に手を当ててくたびれた表情を浮かべた。

「なんだよ? どんな理由で疑ったか知らねえけど、アタシと零がシロって分かったなら良かったじゃねえか」

 ところがどっこい違うんだよと紫水は首を振った。

「あたしはもうキミと黒條零が女騎士じゃないって分かったから手を引くよ。でも、あたし以外の滝沢家は依然として、キミ達のことを捜し回ってる。滝沢家に忠誠を誓う兵隊だけでなく異人(ゼノ)もいるからね」

 ──全員しつこく襲ってくるなら、返り討ちにするまでだ。


「皆でやられた仲間のカタキ討ちってやつか。なんでアタシ達が疑われなきゃいけねえんだよ?」

 諒花は腕を組む。もしかして剣と(けん)を間違えてるんじゃないだろうか。


翡翠(ひすい)姉は女騎士を何としても倒したいと思ってる。一度火がつくと止まらないからね。キミ達の噂はこっちでも耳にしていたけど、こうして真実もしっかり分かった今だとまずい事になってきた……」

 紫水は肩をすくめた。付き合わされてる者としてはめんどくさい事この上ないだろう。それにしても青山にまで響き渡ってるとは思わなかった。シーザーの言っていたことは本当だった。疑われるのも仕方ないかもしれない。わざわざ大勢で来るのは別として。


「お前らのボスはその翡翠って奴か」

「うん。あたしのお姉ちゃん。青山の裏社会を支配する滝沢家の当主だよ。凄く強い異人(ゼノ)だしね」

 それならば今すぐこの女から本拠地(アジト)を聞き出して直接殴りに行くか──という考えが過ったが、この街にいる送り込まれた刺客がこちらを捜し回っている以上、ヘタに動けば危ない。

 花予に危害が及ぶ可能性がある。それだけは絶対に駄目だ。それに迂闊に突っ込むことはもし零がいたら間違いなく止められる。


「滝沢家の戦力の規模教えてくれ。あと渋谷にいる敵の数も」

 紫水は顎を手の甲に乗せて、

「ええとね、兵隊は青山全体だと2500人くらいかなー。うち500人近くがこの街に来てるよ。異人(ゼノ)はあたし以外にシンドロームとマンティス(まさる)が来てる」

 ちゃっちなギャングとかそんなレベルではない。ここ最近戦った敵とは規模がまるで違う。仮に500人倒しても残り2000人がガッツリと陣地を固めている。

 ──いや、待てよ。

 

「なあ、アタシ達がシロだと分かった以上、お前がアネキに直接説明したらどうなんだ?」

「や、やっぱりしないとダメ?」

 なぜ躊躇(ためら)うのか。その凛とした容姿に見合わず子供みたいに小さく怯える紫水を見ていると、その姉がどんなツラか見たくなる。


「お前しかいねえだろ。誰かが止めに行って、間違いを正してやらねえと何も変わらないぞ」

 どうしてそんなに困惑、躊躇(ちゅうちょ)しているのか。それほど青山を支配する姉は恐ろしくて妹という家族にも圧力をかけている存在なのか。

 でも主張しなければ何も始まらないだろう。怖くても一歩踏み出さなければ。


「分かってるんだけど──」

「いたぞ!! あれは初月諒花だ!! 生け捕りにして翡翠様に捧げるのだ!!」


 紫水が続けようとした矢先、住宅街の向こうから一台の車が走ってきてサングラスのヤクザの号令の下、中から黒服のヤクザが続々と出てきた。するといきなり目の前にいた彼女の拳が飛んでくる。


「──っ!? なにすんだよ!! ──!」

 すぐさまその意図を捉えて受け止める。その紫水の瞳は敵を見る目だが、こちらを勇気づける勇ましい目であった。

 ──ここは引き受けるから行って! か。

 その目の意図を読み取り、紫水とヤクザの群れがいる反対側の方向へと走っていく。


「いったーっ!! あの女にやられたよー!! みんな助けてぇー!!」

「大丈夫ですかい、紫水様!!」

「追え!! 紫水様のカタキだ!!」

 走りながら後ろを見るとへなへなと両膝をついて喚く紫水に、ヤクザ達が家族を助けるように集まっている。だが、すぐに手分けして追っ手が迫ってくるのが見えた。


 この通りを突っ切る。まずはこの追っ手を振り切らなければ。辺りは既に日が沈んで真っ暗な夜。向こうが暗視ゴーグルでもしてない限り、走り続ければこの大都会渋谷において撒くことは難しくない。


 まずは合流だ。零に会えば、必ず対策を立てられる。もう既に襲われているかもしれない。まだあと二人、近くに異人(ゼノ)がいる。急がないと零が危ない。


 夜道の先に見えてきた横断歩道を突っ切り、すぐに住宅街の交差点を右折し、追っ手を撒きながら零の家を目指し、全速力で走る。


 ──待ってろよ、零──!

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― 新着の感想 ―
[一言] 紫水、良いキャラですね! ストレスなく読める。よく練られて書かれているからだと思います。 これからも頑張ってください!
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