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第33話 

 零と蔭山が家を去った後。花予はまだ買い物から戻ってこない。部屋は誰もいないので静かだ。

 ふと自室にて荷物の整理をしようと、いつも学校に行く時に肩にかけて行っている鞄の中にあるクリアファイルに手をつけた時、初月諒花の頭から完全に失念していたある場面が蘇った。


『初月、悪いがこれ笹城の家まで届けてくれないか?』


 実は五時限目が終わった直後。廊下で荻野に呼び止められ、ある物を手渡されていたことを。

「ヤバっ、しまった……完全に忘れてた!」


 思わず声を出して、忘れてしまっていたことを呪う。鞄の中には既視感のある数枚の用紙。二種類のプリントが余分にもう一枚。一つは荻野から手渡された数学のプリント。更にその流れで六時限目冒頭に渡された世界史のプリントも預かる他なかった。


 歩美は当然、午後の授業を受けていない。いつも元気で笑顔を絶やさない歩美の突然の早退は気を乱れさせた。風邪をひいた時は零にもちゃんと欠かさず連絡をくれてたほどの歩美が何一つ残さず早退したのだから。


 プリントはもらってすぐバッグに入れたっきりだった。そこに蔭山の訪問が重なり、完全に忘れていた。学校のことよりも、事件が絡む蔭山との話に気をとられてしまったのが原因だからだ。 


 自室に飾ってある時計に視線を移すと午後の十八時を回る所だった。今日は金曜日であり、学校は明日休みだ。

 どちらのプリントも別に宿題というわけではない。授業の中でやった計算問題と歴史の穴埋め。明日の朝イチに届けに行ってもたぶん大丈夫だ。

 因みに数学は正直言ってあまり得意ではない。歴史は教科書に答えが載っているのでまだいい。分からない所はよく零だけでなく歩美にも助けてもらっている。が、今回はこちらが歩美を助ける番だ。


 スマホを見た。依然として、緑の吹き出しの所に歩美の既読の二文字がついていない。なぜ早退したのか。ハッキリとしない中、やきもきとした思いが加速し、それを振り払うべく思い立った。

 普段着に着替え、上から薄手の黒いジャンパーに袖を通すと、スマホで花予に吹き出しを飛ばして伝言を残す。


『ハナ、ちょっと歩美の家に届け物あるから行ってくる』


 既に日の沈んだ夜の街に繰り出す。秋らしい冷たい風がジャンパーの裾と黒い横髪をそっと撫でて波を描く。

 ここから歩いて十分ほどの距離に歩美の家はある。駅からもっと離れている。初月家と同じく、日中騒がしい渋谷駅から離れた住宅街にあるのだが、そこの内部は白を基調とし、エントランスの天井も高く、正面にガラス張りがされた開放的な雰囲気を持つ高級マンションだ。普通のマンションである初月家とは比べ物にならない。

 さすが日本各地に家電量販店のチェーン店を営む笹城家だけあって、娘一人の住む部屋にも妥協がない。

 

 今から行く歩美の家は何度か行ったことがある。一人暮らし用の部屋なので部屋の数は多くないが、それでも広大なリビング、歩美の私室含めて広く作られていて、お姫様の住まう部屋といった感じだ。零も一緒にそこで三人で勉強したり遊んだことがある。


 夜風に吹かれながら、マンションなど高層の建物が天に向かってそびえる住宅街を歩き、暗く狭い路地を抜けると見えてきた全十三階建てマンション。この十一階に歩美の家はある。既にガラスの向こうの部屋の明かりが輝いていた。

 閉ざされたガラスの自動ドア。向こうに見える、赤いソファーやテーブルの置かれたエントランスに入るための玄関の端末にて、歩美の部屋番号を入力してインターホンを鳴らした。


「歩美! 良かったら返事してくれないか?」


 ピンポーンという音がした後、不安を投げかけるように声をかけるもただ沈黙が空しく続く。直接会いに行けばこのやきもきとした気持ちが晴れると思ったがそんなことはなかった。

 ──何があったんだ……


 仕方なく、玄関から左の通路の方へ足を運ぶ。配達便を入れるポストの裏側だ。各部屋へのポストへの隙間が開いている。

 持ってきたA3のプリント二枚を半分に折り、歩美の部屋のポストの封入口の隙間に押し込んだ。そしてスマホで、


『歩美、具合はどうだ? 今日のプリント、ポストに入れといたからな。落ち着いたら連絡くれよ!』


 三人の共有チャットにそう書いた吹き出しを発信した。するとちょうどハナと書かれた別のチャット欄に「1」と書かれた赤い円が出現したのでチェック。


『今、戻ったよ。歩美ちゃんに何かあったのか? 後で詳しく聞かせてくれ』



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