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帝王は摩天楼で笑う

 ガラス越しの眼下に広がる景色。夜の街は煌びやかに光を灯し、無数の光の粒が道路を行き交っている。

 大都会に大きくそびえ建つ、この街の一番高い場所。ガラスで覆われた摩天楼を一望出来る、明かりのない特設ルームにて、彼は座り心地の良い帝王の玉座にふんぞり返り、ワインをすすりながらスマホを左耳に当てていた。


「──フヒャハハハハ、そうか! あの女の死体はちゃんと警察サツに回収されたんだな?」

『ああ、捜査権は警察からXIED(シード)に移った。あんたの思惑通りだな』


「あのクソ官僚、来年に新卒採用するはずだった女が死んだんだ。どんな顔をするか……! 笑いが止まらねえよ、フヒャハハハハハハ!!」


 あぁ、たまらないたまらない。あのしかめっ面のクソ官僚の憤った顔をイメージするだけで。愉快愉快。ワインを一口含み、ピーナッツ二個を噛み砕く彼は他でもない、レーツァンだ。


 死体遺棄事件の捜査など、殆どは警察の仕事である。そんな事件(ヤマ)XIED(シード)にくる仕事といえば、せいぜいその捜査線上に異人(ゼノ)がいる時に出張ってくる程度。


 遺体発見から一日も経っていないのに、こんなにも早くXIED(シード)が動いてきたのだからよほどあのクソ官僚はあの女のことを買っていたことが窺える。

 それはそうだ。あの男は人材と武力の重要性ばかり語っている。今回の事件は言ってしまえば狙っていた人材の大きな損失だ。黙っているわけがない。むしろ、そこまでホンキなんだと笑ってしまう。


 XIED(シード)は裏社会の警察。表の警視庁や自衛隊などの類と違い、その活動は表では殆どその実態が公になっていない。表から見れば警察や自衛隊の影に隠れた特殊部隊のような位置づけだ。

 当然その存在を知らなければ、志願することも出来ない。真面目に勉強すれば、星の数ほどある国を支える魅力的な就職先の一つにXIED(シード)という道がある。ただそれだけだ。

 奴らは人材を集めようと全国から見込みのある人間や異人(ゼノ)をスカウトしたり、どこからか求人を知って応募する物好きを試して採っている。

 更には身寄りのない子供を引き取り、将来はXIED(シード)に入れるため教育を施す場所さえあるという。


 ──無垢なガキにつまらない教育をして兵にする。洗脳も良い所だ。全く。


『これ、もしかしたらXIED(シード)と戦争になるんじゃないか?』

 電話の向こうの声は溢れる高揚とゾクゾクした心臓の鼓動をむき出しにするように問いかけてくる。

「フヒャハハハハ! そうかもなァ……おれが黒幕って分かればな。人間ってのは大切なものを誰かに奪われた時ほど心が大きく乱れるもんだぜ。ここまでは計算の範囲だ」

 最初から嫌がらせするつもりで殺したのだから想定の内だ。XIED(シード)は犯人をゼロから辿ってでも捜そうとするだろう。

 だが、見つけられるか。当てられるか? 見つけられるまでは右往左往する烏合の衆にすぎず、こちらにとっては脅威でも何でもない。


『そうか。あんたが言うならその言葉、確かなもんだととっておく。にしても、XIEDシードの内定者なんてよく|調べられたな』

「おれの手にかかれば余裕だ。コネを使って持って来させたんだよ。XIEDシードの新卒採用の資料をな」

「スパイでも送ったのか?」

「フヒャハハハハ!! さぁな! そういう詮索をするだけヤボってもんだぜ。おれ様の手札には有効なカードが山ほどあるんだからな!」


 ある情報屋に人差し指を向けてこう言った。ハッキング、潜入。手段は問わない。持ってくれば資料を三千万で買い取ると。

 そうしたらカネ欲しさに死ぬ気で仕事してくれたのか、三日後には来年度の新卒の資料が届いていた。見込み違いではなかった。泣いて喜ぶそいつに札束を手渡してやった。


 内定の決まった新卒の個人情報がひとりひとり一枚一枚紙に丁寧に印刷された資料をめくり、目についた一人の女に狙いを定めた。高校三年生の女。よし、コイツを殺ろうと決めた。


「最初はこれで人材と武力に強欲なあのクソ官僚に一泡吹かせてやるつもりだった──大打撃を与えてやろうと。が、殺す前にちょっと予定が変わってな。最期にひと仕事やってもらった……! ククク……!」


 資料が来た直後、大事な顧客(クライアント)よりある仕事が舞い込んできたのだ。新製品の試作品を送るので装備して実戦データを集めて欲しいと。

 適当な奴を無理矢理連れてきて試すのもつまらない。大会の興行の見せ物にすれば顧客(クライアント)に何言われるか分からない。

 となると……膨れた不気味な右目は、テーブルに置いてある先ほど資料から抜き取って選んだ女に向き、笑みを浮かべた。円藤由里と書かれた履歴書に目がいった。


 ──よし、ちょうどいいや、やっちまおう……! と。


『ひと仕事? なんだよそれ?』

「これから始まるパーティの余興役だ。だが、それももう終わりだ。暴れさせて予定通りに余興を演出できた」


 データを集められるなら戦う相手はそれ相応ならば、誰だっていい。だが、いきなり例の稀異人(ラルム・ゼノ)のあの初月諒花にぶつけても面白くない。この仕事は諒花でなければならない理由もない。

 本番の前にあらかじめ世を騒がせる仕込みをしなければならない。さすが顧客(クライアント)の新製品、適当に選んだ小娘でもその身体能力を飛躍的に上げているよく出来た鎧だ。ヤクザと言っても所詮はただの人間。それらをたった一人で殲滅出来るほどに。


「パーティの余興ってどういうことだよ?」

 電話の向こうの声が「また始まったよ」と言わんばかりに気だるく呆れ返ってくるが当の(レーツァン)は気にしない。彼が楽しそうにパーティという単語を出した時はヤバイことが決まって起こる。


「──聞いて喜べ。お前を倒した、あの初月諒花のためのパーティだ」

 あの稀異人(ラルム・ゼノ)に仕掛ける次の作戦はいくつもの段取りが積み重なって順調だ。


「やっぱりか! あんたならばやると思ったよ。本格的に始まるんだな奴との戦いが! で、僕がリベンジする幕は当然あるんだろうな?」

 パーティの概要を聞くや否や、電話の向こうの声が再び非常に戦意に溢れた声音へと変わった。


「あるとも。諒花にやられたお前をあのボロビルから助けだし、こうして電話から偵察任務を与えてるのもそのためだ。お前はあの斬るか殴るしか脳のないシーザーとは違う。来たるべき時が来たら存分に戦うがいい、復讐のために! 方法は任せる」


「勿論。あんたに言われて、警察の動向を探るためにわざわざ霞ヶ関にまで行ったり隠密行動した甲斐があった。あんたの開いた大会でチャンピオンだった僕があんな小娘に負けるようじゃ面目丸潰れだからな」


 そこに扉を開けて小さな人影が恐る恐る入ってきた。

「ん?」

 その顔を見て、レーツァンはニヤリと笑みをうかべる。これから始まるとゾクゾクしながら。


「おおっと、パーティを盛り上げる主役のご到着だ! お前は暫く渋谷で待機してろ。パーティは明日だ。また指示を出す。切るぞ」

 大事なことを二度言って通話を切るとスマホをしまい、玉座を立って階段を一歩ずつ下る。その一番下で待つ少女に近づいた。


「ウェルカーム!! ようこそおれ様の城へ。待っていたぞ!!」

「……ええ」

 セーラー服に袖を通した肩に少しかかる程度の髪の少女は、裏社会の帝王と呼ばれる男の出迎えに対し、真剣な顔つきで頷いた。何事にも怯まない強い意志がその眼に現れている。髪を分ける赤いヘアピンが微かに光った。


「一つ聞かせて下さい。これでわたしの姉は本当に生き返るんですよね?」

 少女は恐る恐る帝王に疑問を投げかけた。

「ああ、生き返るとも。おれ様を信じろ。姉の姿が見えるようになったのは、魂が成仏しきれず、大切なお前に会いたくて仕方がないからなんだ」

 華奢な右肩に手を置き、顔に似合わず優しく語りかけるレーツァン。ワインの匂いがする吐息に少女は顔をしかめるも逃げ出さない。恐れない。じっと堪える。


「こっちへ来い。お前の姉を生き返らせるためのチカラを集める宝具をくれてやる。あと少しチカラを集めれば、姉を生き返らせられる所まで仕上げてある」


 そう手招きされ、少女はついていく。たった一つの希望を信じて。


 もう後戻りは出来ない。止まらない、逃げられない。大切な人のために。その人が再び生き返るのなら、わずかでも賭けてみたい。たとえその可能性を教えてくれたのが恐ろしい裏社会の帝王だとしても。


 そう抱く少女から背を向けて先を歩き出す帝王は、したり顔で声を出さず微かに笑った──


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