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第30話

 職員室を出ると二人はほぼ同時にスマホを開いた。早退した彼女からの書置きとも言える吹き出しメッセージも着信も無し、通話履歴も無い。

「歩美、いったいどうしたんだ? 連絡もよこさないで」

「休み時間に毎回席を外していたのが何かしらの体調不良ならば合点がいく。授業にはいつも通りに特に変わった様子もなく出ていたのが気がかりだけど」


 体調不良で早退は誰でもあることだろうが、どうも腑に落ちなかった。モヤモヤした気持ちを抱えながらそのまま時は流れていく。放課後もスマホの反応は無く変わらずであった。荷物をまとめ、二人は下校した。


 廊下から玄関に向かう途中、

「一回、電話でもかけてみるか?」

 蓄積されたモヤモヤが頂点に達し、提案した一言であった。

「私たち三人のグループのとこにメッセージだけ残しておこう。向こうは休んでるのに電話するのは迷惑だと思うから」

「そうか。わりい」

 頭の中で自戒する。迷惑だと思われたら仕方がない。ついこういう場面では自分の心配を埋めるのに最も最善だと思う方法に走ってしまいがちだ。スマホを開くと、


『大丈夫? 体調が落ち着いたらでいいから必ず連絡してね。絶対だよ』


 ちょうど零の打った吹き出しが表示された。()()という言葉にいつも以上に心配なのが見て取れる。玄関を出た後にふとスマホを開くが、既読の二文字は無かった。


「そうだ、蔭山さんが……」

 夕方に家に来ると言っていたことを思い出した。外はすっかり空は茜色に染まっていた。どんよりとした今朝の曇りとは正反対だ。

「諒花、何時に来るとか言ってなかったからたぶん今頃──」

「急ごう」


 時刻に関しては一言も聞いてないし夕方しか聞いてない。二人は学校を出て一目散に初月家のあるマンションに向かって走り出す。校舎から閑静な住宅街を通り、家に向かう通り道である騒がしい街の方へとたどり着く所だった。家はここを抜けた先だ。


「バーッハハハハハハハハ!!」

 またしても聞いたことのある笑い声。それとともに横から歩いて現れた、三度目の登場のカニ野郎。その頭に巻いている赤いバンダナが風で揺らぐ。


「ここを通ると思っていたから待ち伏せていたぞ!! さあて、昨日の借りを──」

「邪魔なんだよカニ野郎、今急いでんだ!!」


 カニ野郎──もといシーザーは諒花の突き上げた剛拳によって顎から打ち上げられた。


 「ぐぼうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 そして断末魔とともに、大の字で茜色の空の彼方へと星のように消えていった。


 今朝、事件現場となっていた道はパトカーはいないものの依然、黄色い境界線もブルーシートも解除されず、警官が立っていて通行が規制されていた。

 仕方ないので迂回する。人や車の行き交う駅前の騒がしい歓楽街を通り、街外れの住宅街に入り少し静かになってきた場所に諒花の住むマンションはある。全十三階建ての九階。エレベーターを捕まえて乗り込み、目的の階に着くと駆け込むようにして帰宅した。


「ただいま!」

「おかえりー。零ちゃん、いらっしゃい」

「お邪魔します」


 二人を厨房から声だけで迎えてくれたのは花予。だが、靴を脱ぐ際、玄関に普段は見かけない黒い革靴が置いてあることに諒花は気づく。所々かすれている。靴底の部分は土だらけ。この使い古した革靴の主はもはや言うまでもない。


「悪いな、先に上がらせてもらっていた」

 リビングではクッションの上で胡座をかいた蔭山が軽く右手を挙げた。帽子を脱ぎ、茶色いコートは近くのハンガーにかけられていた。やや白髪まじりの短髪がよく分かる。


「蔭山さん、こんなに早く仕事終わったのか?」

「いや、この後の夜もやることがある。俺は警部って肩書きでも事実上の窓際部署。色々とメンドーなことが待ってるんだよ……お前たちから話を聞いたら、おいとまするよ」

 蔭山は気苦労の絶えないまま苦笑を浮かべた。

「ふふふ、あたしも蔭山さんとは久しぶりだからさ、色々話しちゃったよ」


 いつもは亡き姉の形見である娘が帰ってくるまで一人の花予。だがこの日は蔭山の来訪がとても嬉しかったようである。諒花が幼少の頃から、この二人は会う度によく話していた。

「お前の母さんとは、組織は違えど仕事で顔を合わせることもあったからな。ま、花予さんとは久しぶりにアイツとの思い出話さ」


 蔭山が窓際刑事なのは最近始まったことではない。昔、花予から聞かされたことがふと浮かんだ。昔この街で起こった、ある事件の捜査。少年少女やホームレスが相次いで失踪したこの事件に対し、警察上層部は捜査から撤退を決めたが、蔭山はそれを良しとせず、上層部の意向に逆らった結果、左遷されたという。

 真実は蔭山しか知らない。だがそれを聞いた花予は何かを悟ったようにこう言っていた。蔭山は超えてはいけない線を超えてしまったのだと。見てはいけないものを見てしまったのかもしれないと──


「ねえ、二人とも。あたしちょっと買い物行ってくるからさ、蔭山さんと話してていいよ」

「ハナ、買い物だったら後でアタシ行ってくるけど」

「蔭山さんがアポ無しで来たってことは何か事件でもあったんだろ? いいっていいって。あたしはそんな事件に関わるあなた達が喜ぶ美味しいご飯作るための買い出しに行くまでさー」

 優しい笑みを浮かべて手提げ袋を持ち、秋物のコートを着ると花予はそそくさと外に出て行く。まるで予めすぐ出られるように仕組んでいたかのようだ。


「花予さん、私たちのためにわざわざ気を使ってくれたのかな?」

「いや、お前たちが帰ってきたら買い物行くって言ってたぞ」

 花予の背中を視線で見送る零に蔭山がそう説明した。


「さて、そろそろ本題に入ろうか」

 花予がいなくなった所で三人はリビングに腰を下ろすと、胡座をかいた蔭山はそう切り出した。


「円藤由里について何か知ってたら教えてくれ。なんでもいい」

「いや、蔭山さん。悪いけどアタシ達は何も知らない。志刃舘の剣道部主将ってぐらいしか……」

 単刀直入の質問を前に、諒花は歯切れを悪くしながら言うしかなかった。


「そうか……悪かった。犯人(ホシ)に繋がる手掛かりがあると思って訊いたんだ」

「蔭山さん、それどういう……はっ、まさか……!」

 零はもうその先が分かったようだった。


「あぁ。今朝あがった遺体の身元が分かったんだ。あれ、円藤由里だって判明したんだよ」 


「──!」

「俺の予想が悪い意味で的中しちまった。こうなる前に、見つけて助けてやりたかったよ……」

 蔭山が右手で顔を覆いながら明かした事実を前に、諒花は目を丸くした。会ったことがあるわけではない。にも関わらず、ちょくちょく名前を聞いていた人物の死が確定したことに対し衝撃が走った。



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