第28話
その翌日。空は灰色に染まっていた。今にも一雨来そうだ。右手に傘をぶら下げながら学校に向けて住宅街を歩く。すると普段とは違う光景が目に映り、思わず足が止まった。
いつも当たり前に通っている住宅街の歩道の先で白と黒の車体に赤いサイレンを頭に乗せた車がいくつも止まっている。
厳格な服装をした黒ずくめの警官たちが行ったり来たりしている。関係のない野次馬どもが「何があったんだ」と騒がしくしながら、黄色い境界線の向こうの現場の様子を伺おうとするも、捜査だの、邪魔になるだの言葉で追い返される。
車、境界線、奥を更に覆う青いビニールシートと慌ただしく行き交う警官。それらが重なる壁となってその先で何があったのかを垣間見ることは叶わない。
ふと右肩に小指が置かれた感触がして振り向くと、そこには零がいた。
「零か。おはよ」
「おはよう、諒花。何があったの?」
挨拶を返し、騒がしい現場を指さした。
「見てみろよ」
「君達! ここは捜査の邪魔だから通学なら他の道に回ってくれないかな?」
立って様子を伺っていると作業着の警官が追い返そうとやってきた。
「すみません、ここで何かあったんですか?」
頭の中で気になってくれたことを零が先に訊く。
「ちょっと事件があったんだ。いいから別の道から行きなさい」
そう促されると、もう迂回路を行くしかなかった。ハッキリ事実を言わない警官に零とともに歯痒い顔をした。その流れに乗って身を翻して立ち去ろうとすると。
「おい、ちょっと待ってくれ」
別の男の声が後ろから聞こえた。その声に聞き覚えのあった諒花と零はとっさに振り向いた。
「彼女らに話がある。ここは俺に任せてくれ」
こちらを追い返そうとした警官はそう言われると現場の奥に下がっていった。捜査現場の奥から現れた、声の主が近づいてくる。常に仕事一筋でルパンでも追ってそうな茶色いコートに帽子を被った一人の刑事。縦長の顔、白髪まじりで太い眉毛にたくましい目つきをしている。
「蔭山さん!」
その姿を見た途端、諒花は見開いた。
「久しぶりだな、諒花、それに零」
お久しぶりですと零は控えめに会釈をした。
現れたのは二人がよく知る顔であった。蔭山貴三郎。諒花が物心ついた時から初月家と親交がある。親戚ではないが自分を産んだ母親とは生前の仕事による縁で昔から交流のあるおじさんだ。辺りは依然として物々しい空気だが、その顔を見て少しだけ安心感が出てきた。
「ここで何があったんだよ、蔭山さん」
すると蔭山は辺りをうかがって人差し指を立て、そっと声を潜めて、
「そこの路地裏のゴミ箱の中から窒息死した若い女の遺体が見つかったんだ」
突然の死亡通告に二人は声を出すことなく目を丸くした。
「遺体は身元確認中だが、お前たちに一つ訊きたい──この円藤由里って女のことを何か知らないか?」
──!
コートの内側からそっと出された一枚の顔写真。それは昨夜、筋トレ中にニュースで映っていたのと全く同じものだった。長い髪を束ねた凛々しい表情。
「知ってる。今、行方不明になってる人だろ」
「あぁ、少しでも情報が欲しい。今日の夕方、諒花の家にちょいとお邪魔させてもらう。何か知ってたらそこで聞かせてくれ。じゃあな」
早口気味に小さな声でそう言い残すと蔭山は小走りで現場の奥に消えていった。