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第3話

「諒花!」


 山猿を沈めた直後、外野から凛と落ち着いた呼び声がした。その主はもう分かっていた。


 反応して向いた先には、左手に真っ黒な剣を持ったもう一人の少女が駆け寄ってきていたのだ。降り注ぐ陽が当たってその黒剣は輝いていた。

(れい)! 来るのが遅かったな」

 その少女に向けて軽く手を挙げた。

「遅くなってごめん。もう、終わったみたいね」


 同じ青いセーラー服に袖を通した、サラサラとした背に少しかかりそうなほどの白銀の髪と右目を覆い隠した黒い眼帯が特徴的な彼女の名前は黒條零こくじょう れいは、男たちが倒れている現場を一通り見回した。


「この一帯、チカラに満ちている。散らばっている武器の一つ一つから、私たちが持っているチカラと同じものが」

 異人(ゼノ)異能武器(ゼオプロ)も、異能を引き起こすために共通して持っているエネルギーがある。その名は異源素(ゼレメンタル)。表社会の概念から逸脱した大いなるチカラ。


「零。こいつらはみんな異能武器(ゼオプロ)を持ってたんだ。けど────危ねえ!!」

 死角から微かに聞こえた銃を向ける音。そこには先ほどまとめて倒したはずの手下の一人が立っていて、稲妻銃弾が込められた銃口をこちらに向けていた。


「死ねっ小娘!!!!」

 暴言とともに放たれた銃弾。それはこちらを目掛けてトリガーが引かれた。

 刹那の中、左目で零はそれを追い、前に出て黒剣の先端を向けるとそこから凍てつく氷弾を放つ。稲妻を帯びた銃弾を正面から相殺しただけでなく、その衝撃で撃った男を断末魔とともに吹っ飛ばした。

「諒花は──私が守る」

 凍てつく声音。直後、零の手元に握られていた黒剣が光の塵となって消えた。まるで剣が戦いを終えたという判断に呼応するように。


「サンキュ、零」

「気にしないで。私は当然のことをしたまでだから。それより、敵を全て倒しても油断しちゃダメ」

「わりい。アタシも修行が足りねーな」

 人差し指を立てて言われた。それには諒花も頭に手を当てて詫びる以外なかった。


「それにしても、なんでこんなに沢山……」

 零は再度現場を見渡した。奴らが使っていた武器は、全てが実質異源素(ゼレメンタル)の塊であり、いわば爆薬(ニトロ)が転がっているに等しい。

「装備すれば、誰もがアタシ達と同じチカラを使える代物だもんな」


異能武器(ゼオプロ)も私たちのチカラと原理は同じ。チカラの源である異源素(ゼレメンタル)が肉体ではなく武器に宿っていて、装備者の精神に呼応し、発動する。さっきの拳銃は銃弾に雷の属性を引き起こすように作られている──そして、こんな物を資金力も実力も無い、ただのゴロツキ集団が容易に手に入れられるわけがない」


 零はそうハッキリと言った。物体に異源素(ゼレメンタル)を宿す特殊技術で生み出されるそれは、魑魅魍魎(ちみもうりょう)うごめく裏社会においては銃や凶器以上に強力な武器となる。

 表社会の刃物やエアガンの専門店とかで売っていることもない。裏社会を知らない者がやすやすと手に入れられる物ではない。と、なれば。


「じゃあ誰かからもらったってことか?」

 零はそっと頷いた。

「何もチカラを持たない人間ほど、このチカラに高揚され、飲まれやすい。自分は魔法使いになったんだ──とか勘違いして。チカラを求める彼らはそういう意味ではお得意様ね」

「お得意様?」

「確たる証拠がないけど、私は異能武器ゼオプロを影の売人から買う資金を調達するために犯罪を繰り返していたんじゃないかと思う」


 ここ最近、この渋谷(しぶや)の街ではコンビニを狙った万引き、銃器や凶器を持って銀行に押し入る強盗をよく見かけるようになった。

 その全てがベルゼなんとか──<部流是礼厨(ベルゼレイズ)>を名乗る集団だった。彼らは何かと因縁をつけてこちらに牙を剥く。

 その度に諒花と零は彼らを撃退してきた。言葉で解決しないならば、戦うしかないのだ。


「……許せねえ!」 

 諒花は奥歯をぐっと強く噛んだ。自分たちが強いのを良いことに威張り、欲しい物を力づくで略奪していく。不愉快だ。

 凶暴な彼らは万引きや強盗の際に、邪魔な人々にも暴力による攻撃を躊躇わず行う。とはいえ、奴らのやり方は表にとっては魔法かつ超常現象同然のチカラで世界を蹂躙するのではない。

 奴らはただ、理不尽な暴力によって無力な人間の体と心を痛めつける。恐怖という一生消えないかもしれない傷を負わせる。そして、諒花にはどうしても友達の荷物が奪われた以外に許しがたいことがあった。


「なあ、零。こいつらのアジトってどこにあるんだろうな? 他にも仲間がいるはずだ。もう今からでもこいつら叩き起こして、アジトの場所吐かせて、潰しに行こうぜ?」

 拳を握って力強く主張する諒花を白い手がそっと遮った。


「待って。それはあまりに危険すぎる。そうしなくても、こうして現れた奴らを地道に潰していけば自ずと真相に近づける」

「なんでだよ? それだとアイツらにまた好き勝手されるだろ。元を叩けばもう誰かが荷物を奪われたり、痛い目に遭う事もないんだ。それにアタシだったらこんな奴ら──」

「諒花。ただ強盗や万引きを繰り返す集団の手の内にこれだけの異能武器ゼオプロがあった。この時点で敵はただのゴロツキじゃない。背後には予想を超える危険が待っているかもしれない。それでも行く?」

 零の鋭く厳しい眼差しに一瞬迷いかけた。だが。


「行くに決まってんだろ。これ以上、奴らのこと見過ごせねえよ! この前アイツら、小さい子どもと母親にまでちょっかいかけてたんだぞ! アタシが助けたけど!」

「ぐっ……」

 子ども。そのワードが耳に入った途端、零の表情は迷い始めた。


「危険なのは分かってる。でもアタシたちが立ち上がらなくてどうするんだよ! 強い奴が弱い奴を助けなくてどうする!」

「その気持ちは痛いほど分かる。でも──」

 たまらず、近くに倒れている野郎の方に歩き出した。

「待って」

 零が両手を広げて行方を遮った。


「そこどけよ! コイツにアジトの場所を聞き出すんだ!」

 零は黙ったまま道を開けようとしない。嫌ならば自分を殴れと言わんばかりに。だが諒花にはそれはない。彼女も大切な友達であり仲間なのだから。


「……あぁー、もう! アジトの場所はアタシが勝手に探すよ!!」

 苛立ちを募らせて自然と腹の底から、唸る声が出た。身を翻し、隅に落ちていた、目的である奪われた友達の鞄を手に取り、その場を後にした。


「……好きにすればいい」

 後ろから呟きのように何か聞こえた気がしたがどうでもいい。だが、零がこの時止めてくれた事にも意味があったんだと、この時はまだ知らなかった。


 *


 円の形で切り取られたレンズ越しの世界。それは銀髪で黒い眼帯の少女の方ではなく、鞄を手に去っていく長い黒髪の少女の後ろ姿を捉えた。ビルの窓越しから小型望遠鏡で見下ろす一人の影がそこにはあった。


 彼女が戦っていることを知って駆けつけてみたが、やっぱりだ。呆れた。

 そりゃそうだ。あの小物山猿ごときに初月諒花がやられるわけがないのだ。山猿は稼ぎが良い。普通の人間のくせに生身が頑丈で才能はあった。だが諒花の敵ではない。


 彼女は神話に登場する人狼(ヴェアヴォルフ)のチカラを持っている。

 まだ未成熟だが、その生まれつき宿した強大なチカラを持っているゆえの可能性の価値は非常に大きい。荒削りだが手にすれば必ず役に立つ。


 ──ふっ。さて、シノギ納めと喧嘩ごっこしか出来ない山猿(マウンテンゴリラ)と愉快な仲間たちは放っておいて……

 

 決して輝かない短い金髪に白黒の仮面の男は不敵に笑う。着ている青いコートの内側からスマホを取り出し、


「おれだ。戦いに飢えているお前にとっておきの相手を紹介しよう。稀異人(ラルム・ゼノ)の情報だ。まずは渋谷に来てくれ……フヒャハハハハハ……!」


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