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第27話 

『次のニュースです。東京都渋谷区の高校三年生、円藤由里(えんどう ゆり)さんが行方不明になっている事件で、警視庁は──』

「最近、よく聞くなこのニュース」


 自宅のリビング。肌の密着した黒いスポーツウェアに袖を通し、腕立てや腹筋、スクワットをしながら、初月諒花はテレビから読み上げられるニュースに自然と耳を傾けていた。戦いの後でも、時間があれば夕飯前のトレーニングは欠かさない。


 一枚の顔写真が映し出される。それは長い髪を束ねた少女だった。行方不明者の特徴が淡々と読み上げられる。目撃情報があればこの電話番号に情報提供して欲しいという旨も付け加えられた。

 画面で紹介される、凛とした目つきに笑顔、真面目で明るい人柄。本来、こんなことに使われるはずのなかった楽しい思い出を切り抜いた写真を通して、見ているこちら側にも在りし日の事を鮮明に伝えている。


「この子、すぐそこの志刃舘(しじんかん)の高校の剣道部主将だったんだよ。凄く強いからってたまにテレビで取り上げられてたりしてた」

「へー」

 日中は学校に行っていて、学業や突発的に起こる事件でニュースやワイドショーを観る機会はろくにない。そんな彼女のために、厨房でまな板の上の人参を切りながら花予がしてくれる話に耳を傾けた。


「でも一週間前から突然いなくなって、その二日後にご両親が捜索願を出してこの状況だ。諒花を襲った謎の女騎士サンといい、この失踪事件といい、また物騒になってきたな。早く見つかるといいよな」

「なるほどな……」

 壁に貼ってある十月のカレンダーに目をやった。一週間前というとこの前、零と一緒に樫木麻彩を倒した日だ。透明能力を持つ樫木と画面の向こうで笑う、片目がでかい不気味なピエロの顔が一瞬脳裏に浮かんだ──


 謎の女騎士に襲撃され、零と歩美と別れて一人家に帰ってきたこの日の夜は花予の二人だけ。いなくなった女子高生の名前だけは変にテレビの向こうで強調されているのもあり、うっすら聞き覚えがあった。


 毎日、毎日四角い箱の向こうのスタジオで繰り広げられる報道。そこに映し出されるのは全部ではない。あくまでこの世界の陽の当たっている部分に集約された出来事だけ。

 陽の当たらない裏世界に関係する出来事はまるで無かったように扱われる。この前の変態ピエロことレーツァンが操っていたハエギャングどもの暗躍も、樫木麻彩による大量虐殺事件も報道されなかったも同然だ。


 樫木の事件はギャング謎の大量死事件と題して、事実をねじ曲げて伝えられた。ビルは立ち入り禁止になったので倒した樫木の身柄が確保されたのは確実だ。なのに無し。犯人は行方知れず扱い。

 もう何となく分かっていた。それはただの事件を知らせる報道ではなく、表の世の中の不安を煽り、演出する汚い花火として一役買っていると。


 表に映らない出来事をリアルで間近で見続けていると、この箱の向こうで映る光景はほんの一部を切り取っただけの茶番なのが何となく透けて分かってしまう。零ほど賢くなくても。

 足を広げ、両腕を伸ばすストレッチをしていると頭の中で昔、零が教えてくれたことが蘇る。ある日、街中のカフェでお茶した時、店内でニュースの流れるテレビに疎む目を向けていた時に教えてくれたこと──



 この世の中は常日頃、ありとあらゆる事件に満ち溢れている。それを報じる公のメディアは視聴率、要するにカネを稼ぐために出来事を都合よく編集して報じているだけにすぎないのだ。膨大な紙束を厳選し、必要な紙だけを抜き取って必要箇所を切り抜くように。

 テレビ局や報道機関と言っても、それはデカイ看板。所詮は一介の民間企業の一事業にすぎない。

 観ている側はそんな事業の一旦をモニターを通して見せられているだけなのだ。それも基本的に異能の浸透していない表の世界側に偏った内容。


 難しくて避けていたが、零に教えてもらって飛び込んだネットの世界は、テレビで映る情報と映らない情報がごっちゃに無限に飽和し続けまさしく混沌(カオス)を呈していた。どれが真実かは結局その情報の受け手にかかっていて、人それぞれで見極める以外ない。

 ネットニュースでたとえ明らかに異人(ゼノ)が原因による事件の記事が載ってもそれは事実をハッキリさせず、謎というワードで不安を煽り、コメント欄はジョーク、陰謀論、捏造だ、いや本物だと不毛な議論が繰り返され、反応が完全一致せずに混濁としている。


 確かな真実など自分で見つけない限りどこにもない。たち悪いことに表の世界は異能という存在を無いものとして扱い、公にせず知らぬ存ぜぬだ。確かにあるのに否定し続ける。ここまで行くと、もはや本当の真実はこの裏の世界にしかない。


 メディカルチェックで不合格にされたのも、異能は表社会にとって異端であり秩序を乱す畏怖の存在だからだ。

 スポーツのルールや制度を形作る行政によって、医療機関を使った巧妙でストレートではない遠回しな手法で唐突な門前払い。

 相応しい人間を合格に、それ以外を不合格にしてサヨナラすればスポーツの秩序は保たれる。


 プロへの道も十分に可能性のあるスポーツをやる上で、メディカルチェックは義務化されている。クラブ活動や部活だけでなくサッカークラブや少年野球、スポーツ系の習い事に至るまで、参加には合格を証明する診断書が必要となる。


 一応、これは表側の大義名分としては不公平を廃するため、即ちドーピング対策のためだ。子供のうちに検査を義務化し、頻繁に経験させておくことでドーピングに対する理解を高め、不正行為を減らす狙いである。

 大半の人間は本当にズルさえしてなければ全員合格を得られる一種の通過儀礼だ。なのにほんのごく一部はスポーツ許可証とも言うべき診断書を手に出来ない。裏表関係なく、都合の悪い人間は問答無用で弾くのが全てであり、表側にとって都合の良すぎる条件(ルール)だ。


 異人(ゼノ)は不合格にするという文言は聞いたこともなかった。ドーピングもしていない。にも関わらず冷徹に不合格の烙印を押され、異人(ゼノ)だからという暗黙的に隠されたルールを後出しされた。

 ただチカラがあるから。それだけで。この瞬間、表に隠れた裏を知った。


 このような理不尽な制度(ルール)がどのようにして出来たのか。それも過去に幾度も起こったドーピング事件が教訓となっているというだけで、それ以上、理由や答えはどこにも無かった。

 

 この見えない影のルールを置いたのはなぜなのか、誰なのか。裏社会──裏の世界を知り、生きる答えを見つけること。そうすればこの謎の解明にも近づける。


『異能の蔓延る裏を知れば、生きる答えを必ず見つけられる。他人に教えてもらうのではなく自分自身で納得いく答えを見つけること。でなければあなたの答えではない』


 零のくれたこの言葉が希望となっている。

 表社会はチカラが原因で夢の道を絶たれた人間のことなど何も考えていない。だから尚更探し出したい。どうしてこうも理不尽なのか納得出来ないから。そんな世界の象徴が、四角い箱の向こうで繰り広げられる報道というパフォーマンスだ──


 上げ下げする鉄アレイに一層、気合が入る。挑戦状を叩きつけておいてジラし、動きを見せないあの変態ピエロ(レーツァン)も気がかりだが、今は謎の女騎士を追ってみる他ない。零が何か分かったら連絡してくれると言ってくれた。次に会ったら正体を暴いてやる。


 食事までの間、トレーニングを欠かさない諒花。だが彼女は後に知ることになる。箱の向こうからこの時出ていた名前が後々重要になることを。

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