第26話
突如、クワガタの描かれた彼のシャツから刃の先端が顔を出した。そこからじわじわと赤く酷い血が広がっていく。先ほどまでの威勢がピタリと止まり、恐る恐る下を見た。
「なんだこれはぁ……」
貫かれた刃。後ろから力強く、無理矢理抜き取られるとシーザーはその場で大の字で倒れた。
「待てぇ……そいつらはオレのぉ……」
後ろにいた者に赤いバンダナを巻いた頭を踏んづけられて動きは止まった。
歩み寄ってくるそれは全身を鋼色の鎧に覆った騎士だった。華奢な体躯、太ももの白い肌、膨らんだ胸部の形から女性のようである。口元以外が兜に覆われていて素顔は全く見えない。
女騎士は左手に剣を持ち、歩いてくる。
「なんだお前は……?」
諒花の問いに答えることなく、彼女を見ていきなりその剣を片手で振り下ろした──
「諒花!」
すかさず二刀の黒剣で間に入って受け止める。こちらは二刀の剣に対し向こうは一刀の剣でのぶつかり合い。互いに刃と刃がぶつかり合い、激しく鋼鉄音と火花を散らす。
「くっ……あなたはいったい……」
女騎士は左手で持っていた一刀の剣を両手で持ち、二刀の黒剣を操る零を相手に怯まず切り込んでくる。零も負けじと二刀の剣で攻撃を受け止めていく。兜に覆われた顔が気になるも隙間から窺い知ることは出来ない。
掛け声も無く、無言で異様に重みのある剣を振り下ろしてくることに肌寒い不気味さが伝わってくる。こちらが攻めても相手が消耗しているという手応えがなく得体の知れなさが増す。
身長もこちらより高い。諒花と同じくらいで彼女の身長164前後といったぐらいか。しっかりとした剣の構え、中身はなかなかの実力者のようである。
「零! どいてろ!」
背後から人狼の拳で諒花は飛び出した。言われた通り一旦女騎士から間を取った。彼女の青白く燃える人狼の拳が鋼鉄の鎧に迫る。
剣によるダメージを受けている様子がない。鎧とその動きでダメージを極限まで抑えこんでいる。だが、彼女の拳ならば、その守りを、鎧を打ち破ることが出来るかもしれない──
その予感は的中した。彼女の拳を受けた女騎士が吹っ飛ばされるとともに鎧の断片が辺りの砂利に散った。だが鎧が完全に形を崩すことはなく、地面を蹴った受け身で宙返りし、瞬時に立ち上がった。
「おい、その兜脱いで素顔を見せろ!! お前は誰だ!!」
諒花の激昂に耳を貸すことなく、鋼鉄の鎧に覆われた女騎士は動じることなく機械的に剣先を諒花に向けた。
「シカトかよ。いいぜ。誰だか知らねえけど、アタシが正体を暴いてやる!」
再び臨戦態勢に入った──が、女騎士は向けていた剣を下ろした。何かに反応し、違う方を向いた。
「どうした?」
女騎士は黙って反対側の方角、森の奥へと走り去って行く。まるで誰かに呼ばれたように。
「お、おい!! 待て!!」
諒花の制止の声を振り切って走り去っていくその背中を、気がつけば誰よりも早く素早く追いかけていた。走りながら黒い剣先より走る青白い光とともに氷弾を放つ。
走っている相手に背後から迫る攻撃を高く宙返りして避けられる。着地した女騎士は近くにある木の枝に飛び移り、枝から枝へ、乗り移って森の彼方へと姿を消した。なんという移動力。
「クソっ、逃げられた!」
諒花が走ってきた時には女騎士は去った後だった。
「あの高い身体能力……一体何者?」
剣術だけでなくあの重い鎧を身につけての身軽な動き。装備も実力も遊びではなく本物だ。
「諒ちゃん、零さーん!」
後から追いかけてきたのは、先ほどのシーザー戦を見守っていた歩美だった。
「二人とも大丈夫? 怪我はない?」
「アタシはなんともねえ」
「大丈夫だよ、歩美」
心配して来てくれた歩美を見て内心、ホッと息をつく零。謎の女騎士には逃げられても歩美を助けることは出来たのだから。
「ねえ、さっきの剣士は誰? まさか新しい敵?」
「私たちに敵意があるということ以外はまだ分からない」
全くもって不明だ。シーザーの言っていた、裏社会でこちらに興味を抱いた一人の可能性なのだろうが、あの容姿から現状何とも言えない。明らかに今までの敵とは違うオーラ。
「そう……でも本当に良かった。二人とも無事で。零さん、諒ちゃん、わたしを助けてくれてありがとね」
歩美はニッコリと微笑んだ。
「うん。当然のことをしただけだから。歩美も無事で本当に良かった」
「女騎士には逃げられちまったけど、歩美が無傷なのが安心だな。よし、戦いも終わったし帰るか」
「あ、ちょっと待って」
帰る前に。女騎士の残したある物を拾うために、諒花を止めて、先ほどまで女騎士と戦っていた場所まで走った。
「どうしたんだよ零」
「零さん、何か探してるの?」
二人が見ている中、しゃがみ、暗くなりつつある森の中の地面を目を凝らしてよく見る。砂利の上で複数、小さく輝いていたうち一つを拾い上げた。白く輝く粒状の欠片。まるで小さな宝石だ。
「それ、アタシが攻撃した時の──」
「あの時散らばった女騎士の鎧の欠片」
鎧を完全に破壊することは出来なかったが、あの高い身体能力を有した女騎士の鎧だ。ただの金属で作れるものではない。そこからある程度、あの騎士が何者かを絞り込めるかもしれない。そしてそれは確信へと変わった。
「やはり。この欠片、微量の異源素を感じる」
指で摘めるほど小さいが、これでも異能を引き起こすエネルギーが詰まった塊なのは確かだ。手のひらに乗せた粒から伝わるエネルギー。
「ねえ、だったらさ、三人で少しでも欠片を集めて帰らない? 零さん」
「そうしよう。拾った欠片は私が預かっておく。でもこれで一つ分かった」
「あの騎士の鎧が普通じゃねえってことだよな?」
「そう。あの鎧は異能武器とほぼ同じ技術で出来ていた。この粒──いや、異原石がそれを証明している」
「なんだと……」
異能武器は|ある技術によって、異源素を武器に宿らせて誰でも異能を使えるようにしたもの。
その技術とは、異原石という原石を素材として使用すること。異人のチカラの源でもあり、異能のエネルギーたる異源素を宿した結晶であるそれは、たとえ金属に加工しようが粉末にしようが異能を引き起こす代物であることには変わりない。
異原石はいわば隠れた資源だ。なぜ異人と同じエネルギーを宿しているのかは分からない。
そこから分かることはあの女騎士の鎧は全身が異原石──即ち異源素で覆われているも同然ということ。
既にこの時点でただの人間が武器を持って勝てる域ではない。全身が鎧も相まって強化されているのだから。
「あの女騎士、中身は普通の人間なんだろうか? 着ぐるみのようなもんだろ?」
「そこはまだ分からない。あの高い身体能力は鎧によるものなのか、そもそも装備者が元々持つチカラをあの鎧で高めているのかは……」
諒花は右手の拳を左手のひらに当て、
「面白え。だったらあの女騎士の正体、アタシ達で突き止めてみようぜ。また何か起こして来そうだからな、この流れだと」
そっと頷く他なかった。真実を追えばこの謎も分かる。もしも彼女を狙う者なら、全力で阻止しなければならない。
その後、三人は女騎士の鎧の欠片──もとい異原石を集めるべく、その場の地面を調べて回り、集めた欠片は零がいつも持ち歩いている赤い布の小袋の中に収まった。昔、花予がくれたものだ。
新たなる敵。嵐の前の静けさということを二人は予感していたが、翌日に起こる、怒涛の予期せぬ事態はすぐそこに迫っていた。
*
三人が公園を後にした後。女騎士に踏まれた頭をそっと起こす赤バンダナ。
「許さん……どこのどいつだあの女騎士……! いい所だったのに邪魔しやがって……! くそっ、腹がいてえ……このまま終わると思うなよぉぉぉぉ!!」
執念深く、息を吐きながら、拳を地に叩きつけ立ち上がるその男の執念の叫びが夜空に浮かぶ三日月に向けて響き渡った。