第23話
放課後。茜色の光差す教室にて、諒花と顔を合わせると歩美が駆け寄ってきた。
「お待たせー。今日は崩壊後何もないから一緒に帰れるよ」
「おし、じゃあ三人で帰るか」
諒花に続いて、三人で校舎を後にした。歩美が何も用事がなく、有事ではない時はこうして三人で帰るのがお約束だった。何気ない会話をしながら、各々家が近づいた所で適当に解散する。たまにこっそりカラオケやゲーセン、バーガーを食べに寄り道をすることもあるが。
そして諒花と別れた時はすかさず彼女の動向をスマホアプリで見てちゃんと帰っているかを確認している。謎の残る胡散臭いアプリだが、別行動している時や見えない場所から監視する上では欠かさないアイテムの一つとして充分に機能している。
校門を出てアパートや一軒家が建ち並ぶ閑静な住宅街に入った。辺りには他の生徒はおらず、気がつけば他に諒花と歩美しかいない。が、その時、このタイミングも含めてこちらを待っていましたと言わんばかりに、平穏はあっさり打ち砕かれた。
「バーーーーーッハハハハハハ!!!」
どこかで聞いたことのある高く豪快な笑い声が響き渡った。その方角を見る。茜色の空の広がる住宅街の屋根上に立つ影。それは高飛びして目の前の道を塞ぐように舞い降りてくると思わず一歩引いた。
「おらあっ!! おうおうおう、お前ら!! この先は生きて通さねえぜ!!」
「あ!! お前は確か……シーザー! カニ野郎じゃねえか! いったい何の用だ!」
金髪に真っ赤なバンダナを頭に巻いた目つきの鋭いあの男。前回、諒花に気絶させられ敗北したあの男──大バサミのシーザーが帰ってきたのだ。
「ハッ! 決まってんだろ! お前らをギッタギタにするためさ! と、いうわけで……」
シーザーはニヤリと定めた標的に視線を向けた。その先に立つ一回り小さな少女の身体を鷲掴みにすると、瞬時に近くの屋根の上へと降り立った。
「「歩美!!」」
その一瞬の光景に、諒花、零ともに捕らわれた彼女の名を叫んだ。
「ちょっ、やめてよ! 助けてっ!」
「コラ! 死にたくなけりゃじっとしてろぉ!」
歩美はじたばた暴れるも、体格の大きいシーザーの太い右腕がしっかり抑えこんでいる。
──恐れていたことが起こってしまった。レーツァンめ、また奴を送り込んで……
「歩美! 今助け──」
真っ先に左手に黒剣を出現させた。諒花も拳を前に構えて屋根上に跳んでいく気満々だ。
「おーーっと!! ちょっと待て!!」
その出鼻を挫くように、シーザーは左手を前に待ったをかけた。
「ここでドンパチやるってんなら、この女はここで真っ二つにしちまうぞー? それでもいいのか?」
「ぐっ……」
やむを得ず手にある黒剣を消滅させる。
「汚ねえぞ!! 歩美を放しやがれ!!」
同様に諒花も仕方なく拳を下ろした。
「この女を返して欲しけりゃ、北にある森まで来るんだな! これでもくらえ!」
するとシーザーは懐から真っ白な玉を取り出し、真下にいるこちら側に向かって投げつけた。屋根上から投下されたそれは爆発し、辺りをたちまち白い煙幕に包み込んだ。
「歩美!!」
煙を振り払い、奴のいた所を見ると既にいなかった。
「諒花、今すぐ追いかけよう!」
「あの野郎、歩美をどうするつもりなんだよ!」
すぐにシーザーの言う、北にある森に向かって二人は走り出した。
北にある森。それは諒花にも零にも心当たりのある場所だった。
渋谷の北には広大な自然が広がる代々木庭園があり、その周辺にもいくつか森が広がる広場が点在している。
北にある森というと、街を北に抜けた先に実質、庭園の最南端の入口エリアとも言わんばかりにその森は都会の中に広がっている。
有事のない休日は代々木庭園でランニングしたりして体を動かしている諒花は概ねその場所を熟知しており、後ろの長い黒髪をなびかせながら一足先を行く彼女の背中を追いかけていく。
左右に建ち並ぶコンクリートの道を駆け抜けると、やがて木々が生い茂る広場が見えてきた。
日は沈みかけ、夕闇に包まれつつある森の中にそっと足を踏み入れる。普段はボール遊びやかけっこをしている小さい子供で賑わう森は静寂に包まれていた。
普段は感情を表に出しやすい諒花もさすがにここに敵がいることを察してか、口を閉じ辺りを警戒している。この場所のどこで待ち受けているのかは分からない。
そもそも、人質をとって逃げた時点で自分の有利な場所にこちらを誘い込む魂胆なのは見え見えだ。
だいぶ森の中に入った。代々木庭園が目と鼻の先にあるここは、大都会に囲まれた自然の空間。秋の季節らしく、木の葉は黄色や茶色に染まり、落葉の絨毯を形成しつつあった。
「シザー・カッター!!!」
「──!?」
どこからともなく森に響く声。その方角を見ると、視界の外から三日月の斬撃がカーブを描き、細い木を次々と倒しながら右側よりこちらに飛んできた。
「零!! 来るぞ!!」
諒花に叫ばれるまでもなく、すかさず手元に二刀の黒剣を出現させ、交差して目の前に光の障壁を展開。
その光の壁はびくともせず、斬撃を打ち消した。続けてもう一つの斬撃が左側から迫ってくるも、横から諒花が割り込んで人狼の拳で打ち破ってくれた。
改めてその左右からの三日月斬撃が飛んできた方向を目で追うと、森の向こうにはあの赤いバンダナ男が立っていた。
「バーーッハハハハハハハハハ!! よくかわしたな!!」
「ん~、んんっ!!」
──歩美……!
諒花と零の先。シーザーの傍には縄で縛られてガムテープで口を塞がれ、地べたの上で正座させられている歩美の姿があった。
「歩美を返して!」
「フッ、お前らをここに誘い込めたなら、もうこの女には用はねえ!」
シーザーは歩美を無理矢理引っ張って立たせると、右手が変化した自慢の大バサミを振り上げた。その尖った先端が獲物に狙いを定めているが如く輝く。歩美は口が塞がれていても必死でもがく声を出し、急いで縄を引きちぎろうと暴れる。
──まずい、歩美が……!
逃げようにも丈夫な縄は歩美を拘束して逃がさない。
「くっそぉ!!」
今にも飛び出そうとする諒花。
「ダメ諒花!! ここは私が!!」
接近すればすぐさま歩美が真っ二つだ。ここからならば、遠距離で仕留められる。
氷弾で狙撃するべく、零が剣先を向けた直後、大バサミが処刑台のギロチンの如く、後ろから歩美目掛けて振り下ろされた────