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第21話

「諒花、怪我の具合はどう?」

 リビングのソファーでくつろぐ彼女のもとに歩み寄った。

「だいぶ治ってきた。これなら明日は普通に動けるな」

 平気そうな顔に、思わず安堵の笑みを浮かべた。通常の人間ならば銃弾一発でも致命的だ。それ以前に手榴弾による爆発で生き残ったとしても殆ど動けないのが必然だ。

 この驚異的な回復力。彼女の身体に宿るチカラの源たる異源素(ゼレメンタル)が治癒力を促進させている証拠だ。

 人間の中で一際強い異源素(ゼレメンタル)を宿し者、それが異人(ゼノ)。そして彼女の場合は異人(ゼノ)の中でもより強いチカラ──即ち異源素(ゼレメンタル)がある。そんな存在が稀異人(ラルム・ゼノ)


「ねえ、それ、もしかして……」

 木の額縁に入ったそれは、この部屋にいつも飾られている写真。そこに写る存在を零もよく知っていた。その額縁の中には幸せそうに微笑む黒い長髪の女性の姿がある。

 髪と瞳の色は目の前にいる実の娘と似ており、長身でスタイルも良く整ったその姿は娘にも受け継がれていることがよく分かる。

 名前は初月花凛(はつづき かりん)。初月花予の姉であり、初月諒花の実の母親。


「アタシの母さん。実際会ったことはないけど、こういう時に見ていると少し落ち着くんだ」

 写真を見た彼女の表情は笑みを見せるもどこか曇っていた。あの血なまぐさい樫木戦の後だ、諒花も亡き親の顔を見て一時の安らぎを得たいのかもしれない。


 もしも母親が生きていたら、彼女もそこで幸せに暮らせていただろう。それだけではなく、こうして正体を隠して監視活動する必要性も疑わしくなる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 親が異人(ゼノ)でも、必ずしもその子供が同じ異人(ゼノ)として生まれてくるとは限らない。

 だが、この親子の場合はもはや運命的としか言い様がない。花凛も生前は異人(ゼノ)だった。それも周囲から一目置かれ、資料にも残っているほどに。逆にそんな母親がいたからこそ今の彼女がいる。

 

 このリビングには結婚した花凛が夫婦で一緒に写り、幼い諒花を抱き、幸せそうな笑みを浮かべる写真が棚やテレビの近くにいくつも飾られている。

 たとえ今はいなくても写真を通して生前の花凛の思い出に浸ることが出来る。ここはそんな暖かい雰囲気に満ちていた。


「さあさ、夕飯が出来たぞー。可愛い()たち、召し上がれ♪」

 厨房の方から花予がにこやかな表情で鍋料理を運んできた。グツグツと煮る鍋の上で豚肉、豆腐、ネギ、人参が顔を出している。

「おおー、美味(うま)そうー」

 諒花は実母の写真をそっとテーブルに置いて目を輝かせた。

「零ちゃんも食べていきな。歩美ちゃんも食べてくだろ?」

「あ、じゃあちょっと頂きます。すみません」

 少々遠慮気味な歩美も、花予のご馳走になることがある一人である。

「いいっていいって。あたしと諒花二人だけじゃさみしいしさ。諒花、ちょいと残りの食器運ぶの手伝ってー」

「はーい」

「花予さん、私も手伝う」

 諒花は立ち上がって厨房の方に向かって行くと、たまらず零もその後を追った。



 食器を運び終わり、いただきますの挨拶をして箸がある程度進んだ時のこと。

「諒花も最近色々と大変だよなぁ」

 頬杖をついて、花予は諒花の顔を覗き込んだ。


「あぁ、この前のチンピラもカニ野郎も、今日の死神も、みんな変態ピエロの差し金だった」

「そのピエロもどうかしてるよなー、育ち盛りのウチの娘が欲しいなんて。姉さんが生きてたら今頃たぶん絶対にそんなことはさせないって言ってるよ?」

 あの幸せそうな写真から、察することしか出来ないが短かったとはいえ、諒花のことを強く愛していたことは明確だ。それを直に見た花予だからこその元気づけの言葉。


「アタシだってあんな奴の女になるなんか御免だ、ハナ。次会った時はこの手でブン殴ってやるさ。きっと父さんと見てくれてる母さんの分も含めてな」

 諒花は箸を置くと右手で熱く握り拳を作った。

 因みにハナと呼ぶのは花予がおばさんと呼ばれるのを嫌だからだそうだ。さん付けも一緒に暮らしてるのに他人行儀みたいで嫌だとして幼い頃から定着した呼び名のようだ。


「ははっ、それならもっと食べな。ほーれほれ」

 花予は次々と、どや顔をする娘のために鍋に具を長い箸で足していく。

 普段から諒花は花予と二人きりでコミュニケーションをとれてることを再確認させる一幕だった。花予はおよそ、今の状況をだいたい把握しているように見えた。


「わたしから荷物ひったくったハエのタトゥーつけてた連中も、そのピエロが裏で全部糸を引いていたのよね」

 隣に座っていた歩美が小声で言った。

「うん、彼の狙いは諒花。その為ならば手段を選ばない男。だから私ももっと強くならないといけない」

 あのならず者集団を作り出し、裏で操っていたのもレーツァン。奴は強いだけでなく、どんな手を仕掛けてくるか分からない。

 ──不安を払拭するためには、強くならないといけない。


「なあ、零。アタシを守ってくれるのは嬉しいけど、そればかりっていうのはなんか落ち着かない……お前ばかりに負担かけさせるわけにはいかない。あまり一人で背負い込むなよ」

 上官から与えられた任務のためにも、自分のためにも、絶対に死なせてはいけない。それに諒花はお姫様というよりも、危なくなっている仲間を自分で助け、自分から立ち塞がる障害を殴りに行くタイプだ。その発言が飛ぶことは予測していた。

「ありがとう。でも諒花、私は大丈夫だから。二人で……頑張ろう」

 一人で背負い込むなよ。その言葉はほんの少しだけ、戦いの中で自分を締め付ける気持ちを楽にさせてくれる。


「零ちゃんもどんどんお食べー。諒花に全部食われちまうぞー。二人とも、変態ピエロなんかに負けるなー」

 優しく勧められた暖かいお鍋の具を零はおたまですくった。花予の穏やかなエールに満ちた言葉は零の飢えた感情をイチイチそそってくる。そう言われて、今はこの束の間の休息を楽しむことにした。


「ホント、正義の味方でも何でもいいから、二人に危害加える輩を残らず成敗してくれるヒーローでも戦隊でもいるといいんだけどねー」

 花予が冗談混じりに言うように、もしもそういう都合の良すぎる存在がいればどんなに助かることか。表面的にはそういう存在はいる。が、花予の語るヒーローや戦隊はこの空間のどこにもいない。いざという時は守れるのは自分だけ。


 ここは渋谷駅を軸とする繁華街から少し離れた場所にあるマンションの一室。この家には花予と諒花しか住んでいない。

 だが、四人でこんなに賑やかになる。この時間は零にとっても密かな幸せであった。花予の計らいで四人で日本列島を舞台にサイコロを振って、億万長者を目指すゲームをしたこともある。


 この生活の財源は一体どこにあるのか。花予には夫同然のフィアンセがいる。だが海外で仕事をしているため、年末年始さえもなかなか帰ってこれないという。

 花予もフィアンセ同様に昔は海外で仕事をしていたが花凛が急死し、諒花が独り身になったことで最終的に帰国、今に至る。



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