第19話
時は一週間前に遡る────
『はなよ は ギガスパーク を となえた!』
『エンプティナイトA に 180ダメージを あたえた!』
『エンプティナイトB に 190ダメージを あたえた!』
『エンプティナイトC に 185ダメージを あたえた!』
四角い箱の向こうに広がる暗い森林に立つ、中身のない青鎧だけの騎士が次々と雷に撃たれて消去されていく。経験値が入り、お馴染みの軽快なリズム音とともに、勇者はなよのレベルが47に上がった──
森林の広がる、俯瞰するフィールド画面に戻ると適当に左の十字ボタンをガチャ押ししてモンスターとの遭遇を待つ。そして再び現れた敵の群れをじゅもんのコマンドからギガスパークを選んで一掃する。
「零ちゃん、いつもありがとね。今日は疲れてるのにさ」
「いえ、いいんです花予さん。楽しいので」
右手の壁の向こうにある厨房から、夕飯の匂いとともにこの家の主の優しく穏やかな声が聞こえてきた。あの戦いの後だろうと構わない。この人の喜ぶ顔が見たいから。零は自ら望んでコントローラーを手に経験値と金を求めてモンスターを狩りまくっていた。
死神・樫木麻彩との戦いの後、戦いで傷ついた身体を周りに怪しまれぬよう、夜道を歩いて早々と諒花の住むマンションに帰ってきた。そして今、厨房で夕飯の支度をしているのは彼女の保護者である初月花予。
よそ者である自分にも諒花の友達だからと昔から暖かく接してくれて、家に足を運んだ時には夕飯に誘われ一緒することもある優しいお母さん。今日も疲れて帰ってくると花予に暖かく迎えられた。諒花を送り届けたら帰るつもりだったが、内心誘惑に負けて一緒することにした。
花予は娘の諒花が異人でありその中でも特に強いチカラを持つゆえに稀異人と言われていること、裏社会に因縁があることも当然理解している。零についても同じ異人だということは知ってはいても、実は別組織から送り込まれた監視役を担っている所までは知らない。それだけ信頼の置ける人。
今やっているゲームも、全てはこんな自分にも良くしてくれる花予のため。お世話になってばかりではいられない。そう思ったある日、役に立てることはないかと訊いた。
家事の手伝いでもゴミ出しでもなんでもやりたいと。するとお願いされていつの間にか習慣化した予想だにしていない手伝いが、主に家事の間などの花予が手を離せない時間帯に、花予がプレイしているゲームの代行プレイである。が、あくまで初月家を訪れた時だけ。
今やっていることは至って単純。今、花予のプレイしているRPGのレベル上げだ。
最近は手軽に持ち運びも可能な最新機種のゲーム機で、ドットという粒子で構築されたレトロゲームも有名どころは大抵ダウンロードしてプレイすることが出来る。
花予は高度なグラフィック技術によってリアリティを追求した最近のゲームも好きだが、どちらかというと昔のゲームの方が好きな傾向にある。そういうゲームのレベル上げはひたすら自分で淡々と作業をこなす以外ない。そんなゲームの時間のいくらかをこちらに譲ることで程よいバランスをとっているのだ。
家事や仕事で忙しい花予も常にゲームというわけにはいかない。なので、レベル上げを零が代行することで息抜きとなる快適なゲーム時間を送ってもらう。それが零の恩返し。一方、諒花は誰かのためにゲームを回すのがどうも続かず、その役割はいつの間にか零に定着していった。
花予から預けられるゲームはいずれも魅力的だ。画面が横にスクロールし、亀を踏んで蹴飛ばしてブロックを壊しながら進んでいくゲーム、倒したボスの武器を入手して主人公を強化しながら進めるゲーム、ゾンビや化け物が闊歩する屋敷を探索するゲーム。他にもまだまだある。それらは監視役をしなければならない使命を背負った零の心を動かし、束の間のゆとりとトキメキを与えていた。
家に帰れば当然、テレビゲームなど出来るわけがない。人狼少女の監視役には上官から与えられた人生しか許されない。この家のような、誰かがつくってくれる暖かい家庭的な空気も何一つ無い。常に孤独だ。帰れば安値で殺風景で静寂に満ちた部屋が待っている。
初めはこの何もない静かな部屋こそが当たり前だった。誰かに常に管理される空間こそ。よそが違う生活をしていて思う所はあっても、自分はずっとこれからもそうなんだと思っていた。
しかし、監視対象の彼女の家にお邪魔する機会が増えていくうち、徐々にあの部屋に帰る度、この暖かい空間がとても恋しくなった。出来れば、ずっといたいぐらいに。
でも、帰らなければならない。監視役としての務めを果たさなければ真実を教えてもらえない。
──もしも、私にも本当の家族がいたらこんな風になれたのかな。諒花と花予さんみたいに。