第2話
「いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
山猿は両手の構えで接近してくると、一切加減の無い力強い正拳突きを放ってきた。諒花はそれをサッと左に避けると、続けて放たれた追撃の拳も避け、右手でお返しの正拳突きをお見舞いしてやった。
「グッ……」
人狼の拳で殴られても山猿は、押し飛ばされるだけで睨み合う両者の間に距離が出来たのみ。ただの人間でもそれなりに鍛えているようだった。
山猿が接近からの足を使った重い蹴り技を放ってくる。対する諒花もスカートから伸びる柔らかい太ももの筋肉を活かした華麗なる蹴撃で応戦する。足と足のぶつかり合い。
拳には拳で対抗する。両者は拳でも足でも火花を散らしてぶつかり合う。諒花の方が身長も体格も劣っているが、一切怯まない。ぶつかっているうち、諒花には気になっていることがあった。
「……っ! お前え! そんなに強いなら、なんで人の荷物を盗るゲス野郎に成り下がっているんだ!」
「うるせえ!! 大人の事情に口挟むんじゃねえ!!」
放たれる拳の威力がますます強くなった。何とか拳を前につき出して抑えたが先ほどまでとは威力が違う。雑魚のハイエナどもと比べて、このコイツは体躯と使ってくる攻撃以外でもう一つ決定的に異なる所がある。
こいつだけ得物を──異能武器を持っていない。
ハイエナどもは氷の金棒や稲妻銃弾の込められた拳銃といった武器で抵抗してきた。が、この山猿は武器を一切持たず、己の肉体一つで素手で人狼少女、初月諒花と拳を交えている。
生身の体術だけで諒花のような異能者──異人とマトモに渡り合える人間など早々いない。いや、渡り合う以前に大抵は瞬殺だ。
異人と同じエネルギーを宿した道具である異能武器無しでこれほどの力を出せるとは一体どういうことなのか。諒花の疑問は尽きなかった。
「畜生、なんでお前が生身の体術で、アタシと張り合えるんだよォ!!」
拳が互いに火花を散らし、山猿の動きが一瞬怯んで止まったのを見計らい、諒花の飛び蹴りが顔面に炸裂する。なお、スカートの下はスパッツのため、見られても問題ない。
「どうだァ!!」
体勢を崩した所を一気に攻めていく。人狼化した太い右手による鉄拳が顔面に炸裂した事で、軽く吹っ飛んだ山猿をあと一歩まで追い詰めた。息を荒くし、立っているのも辛そうなほどに。
「……なるほどな」
殴り合える力はつけられても耐久面までは限界があるようだ。
「ぐっ、やるじゃねェか……」
「当然だろ。アタシをそこらの人間と同じと思っているのか? なんでそんなに強いんだ? どんなトレーニングをした?」
「お前のようなガキに追い込まれるとはな……いいだろう、話してやるよ。あの時、高校をタバコ吸って退学にならなけりゃ、今頃は大学で特待生になってたのかもしれねえんだ……」
予想外の答え。それを聞いて、たまらず諒花は眉をひそめた。
「なんでタバコなんか吸って道を踏み外したんだ?」
「決まってんだろ、今まで余裕だった練習が毎日毎日過酷すぎて、先生も厳しいし、そりゃ気分の良いガス抜きを──」
──もういい。聞きたくない。
山猿の腹にこれまで以上に強い鉄拳を食らわせ思考停止させた。
それは静かなる熱い怒りが込められしトドメの一撃。
高校退学、学業はおろか真面目な仕事もしてない山猿にとっては何気ない一言でも、諒花にとってはこれ以上にたまらないほど不愉快で、神経を逆撫でされたゆえにそれは放たれた。
戦いの時はその高揚感で一時忘れられたとしても、そのチカラで誰かを助けられたとしても、異人として生まれたことを決して幸福とは思わない。時に普通の人間が凄く羨ましくなる。それは悲しく辛い。
何もチカラを持たない人間が大半を占める、ごく一般的な表社会において、異能者は表向きはいるはずがないのだ。だがこうして存在する。
その能力をもしも見てしまったらホラー映画や少年漫画の世界から出てきた怪物のように恐れられる。周囲や世間に表沙汰にならないよう、直球ではない巧妙なやり口で事実上、この社会から理不尽に弾き出されるのだ。
それはスポーツの世界においてもそうだ。チカラがあるという理由で。
この山猿は普通の人間だ。努力次第で頑張れば、今頃大学の特待生はおろか、もしかしたら数年後オリンピックだって出られたかもしれない。
こんなに強いのに。勿体無い。くだらない理由で堕落し、手下を連れて人様に迷惑をかけているだけの馬鹿野郎だ。努力を否定する姿勢はもはや夢をナメ腐っているとしか言えない。
そんな奴にはお灸を据える。命までは奪わないが、返す言葉など、何一つも無い。