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第159話 白銀剣士 後編

 人狼少女が一人、滝沢邸を訪れていた頃と同じ時。ここは都内某所。

 快晴の下、東京湾を航行する、一見すると水上バスにも見える二階建ての船の上で海風に銀の髪が吹かれながらも黒條零はスマホを耳に当てていた。


『ご苦労であった──お前の初月諒花への監視任務はこれで完了とする』

「はい、ありがとうございます……!」


 一昨日の木曜日の夜。上官から一本の連絡が来た。それは言わずもがなこの日常の終わりを告げるもの。その時にこう言われた。


『明日は学校を休め。土曜に東京港に停泊してあるXIEDシードの船に乗れ』


 五年続いた監視活動が突然終わる事には驚いたが、寂しい一方で素直に嬉しい所もある。複雑な気持ちだ。これでようやく、これから行く先で上官から、自分の出生について教えてもらえるのだろう。


 物心がつく前から上官に拾われ育てられ、本当の親が誰なのか、自分の本当の名前が何なのかさえも。何も知らない。

 黒條零という名前も、自我が芽生えた時にそう呼ばれたもの。人は必ず、親から生まれる。それが誰なのか。自分はどう生まれて、どこから来たのか。ようやく、この縛り付けられていた疑問の鎖からも解放される──


 しかしその前に確かめたい事もあった。それはレーツァンが倒された直後、彼を倒した諒花から聞いた話から浮上した可能性だ。上官があのレーツァンと繋がっているという疑惑。


 死に際の彼が置き土産にした話は、自らが死してなおこちらを惑わす壮大な作り話、つまり罠という線もある。しかし彼が言った二人──諒花を狙うもう一人の人物とその手下──はもうこちら側を指しているとしか思えなかった。


 もしも事実だとするならば、帝王と呼ばれる関東の裏社会のトップ、犯罪組織ダークメアの総帥と、本来彼らを取り締まる立場のはずの日本のXIEDシードのトップが互いに手を取り、諒花を付け狙っていた事になるとんでもない図式になるわけだが、交わる事のない敵対関係にあるはずの両組織のトップがどうやって裏で繋がったかは不明だ。


 そして同時に分かる事は自分は上官だけでなく、レーツァンの手駒としても動いていた事になる。彼が行く先々に都合よく現れたのも、そんな繋がりから得られる情報をもとに先回りしていたと考えれば辻褄が合う──


 真実を確かめたい。が、今はそれは出来ない。それを訊くと、上官の機嫌を損ねて約束も無しにされるかもしれない。


 ──それだけは嫌だ。たとえ気になる事だとしても。今は出てくる疑問を飲み込もう。

 

 今乗っている船は東京港を出て、東京湾を航行している。台場に着いて、都会を抜けて指示の通りの畔まで行くとXIEDシードの青いロゴとラインが入った白を基調とした二階建ての小船が停泊していた。船を動かすスタッフ以外は誰も乗っていない。

 そして乗り込んだ船は東京湾に西から東へと伸びるレインボーブリッジの真下を抜けた後、徐々に東京、神奈川の港町から遠ざかっていく。


 これから行く場所は上官がいる、XIEDシードの基地──これはその迎えの船だろう。


「久しぶりだな、黒條零」

「!?」


 背中から突然、聞こえてきた声に振り向くと、足元から先は黒い影に覆われていた事に気づく。船のスタッフを除いて自分以外誰もいないはずの船の上にもう一人、例外である誰かが立っている。これはその影。


 そこに立っていたのは────上官だった。XIEDシード東日本支部長官、中郷利雄その人である。


「上官、お疲れ様です」

 背筋を正して、ピシッと右手を当てて敬礼をした。どうしてここにいるのかは訊かない事にした。だが一つ分かる事は隠れる場所は、トイレぐらいしかないこの船に最初から乗っていたわけではない。


「改めてご苦労であった──お前の初月諒花への監視任務はこれで完了だ」

「はい、ありがとうございます」

 ようやく──やっと、やっと……高まる期待。だが。


「今日来てもらったのはその報告と、それに付随した用件が一つある。犯罪組織ダークメア総帥、レーツァン。初月諒花に倒され、自らその身を焼き、消えていったそうだな」

「はい」

 あの謎の女騎士から始まった戦いの事はあの後、全て上官に報告した。あの男の最期は直接見たわけではなく、諒花から聞いた範囲で報告書を作成して提出するしかなかった。


「レーツァンが消える事は王の座は空席になったと言える。それが何を意味するか分かるか?」

「次なる、第二のレーツァンになろうとする者達が動き出す……!」


 それは暗く、陽の当たらない世界で魔王の如く頂点に君臨する王の座。そこに座る者は関東裏社会の王者。今までは帝王と呼ばれた男が座っていた椅子は今は完全に空席の状態。


「その通りだ。ゆえに現在、ダークメアでは内紛が起きている」

「内紛……!?」


 ダークメアは総帥レーツァンからの信頼も厚い三人の最高幹部達に加え、下部組織にはその中の筆頭とも言える勢力を持つ円川組の他、今回の女騎士事件で壊滅した弱小の鈴川組をはじめとした大小様々な組織が与している。

 特に下部組織の中には前々から従いながらも、レーツァンや幹部の首を虎視眈々と狙っていた者が潜んでいたとしても不思議ではない。


 今から八年前、ダークメアは関東裏社会を支配していた岩龍会にとって代わる形で台頭し、やがて今の規模へと発展した。奴の前に感服した者達だけでなく、行き場を失った裏社会の獣達も自分達のために新たなる王の下に集った。それ以前のレーツァンからも信頼の厚い初期メンバー含め、この内の誰かがレーツァンが倒れたことを好機を捉え、乱を起こしたのかもしれない。裏切り者だ。


「詳しいことは調査中だ。組織内の内ゲバだからな。総帥亡き今、それまで関東裏社会を掌握し、天下を取っていた組織が崩れ始めている。これに乗じて、外から次なる関東裏社会の王の座を狙う者が出てくるのも時間の問題だろう」

「通りでこの一週間、ダークメアは総帥の仇討ちで諒花を狙う事をしなかったのですね」


 うむと頷いた上官。念のため、諒花に何かあった時のために警戒を強めていたが、ダークメアを名乗る者が現れることはなかった。総帥の敵討ちよりも、新たなる王の座を争う権力闘争によってそれどころではないと見るのが妥当だろう。

 せっかく取った天下が足元から崩れ、均衡が崩れていく。裏社会の帝王と呼ばれた男の死がもたらしたものは平和──ではなく、その残光に羽虫達が群がる新たなる戦乱だった。死してなお、タチが悪い。


「だがこちらとしては都合の良い状況だ。奴が消えた事で初月諒花に及ぶ危険が減った。ゆえに五年続いた監視任務も、これにて完了という判断に至った」


 その経緯には納得するしかなかった。これまで監視活動をしてきた分も含め、諒花の身に起こった事件はだいたいレーツァンが裏で関与していたものばかりだからだ。奴はずっと諒花を遠くから見ていた。刺客を送り込んだり事件を影から操りながら。フヒャハハハハハと悪魔のように高らかに笑いながら。ある意味、今まではずっと帝王の呪縛に蝕まれていたに等しい。


「とはいえ、これで全て丸く収まったわけではない。あのレーツァンに重傷を負わせたならともかく、初月諒花に倒された事は想定の範囲外だった」

「では想定内ならば?」

「当初はこの状況を俯瞰し、来るべき時が来たらお前の監視任務を完了とし、次のステップに移行するつもりだった。が、それが思いのほか、早く来た。あのレーツァンとの戦いに決着がついた報告を受けてこちらで判断したのだ」


 最後の一撃は、諒花の身体から凄まじいチカラが溢れ出るとともに天に向かって青白い業火が立った。生まれながらの稀異人ラルム・ゼノという広大な可能性とともに、それは彼女に眠る強きチカラの一端を感じるものだった。


「上官、私はこれから何をすれば良いですか?」

 これは結局、監視活動を終えても上官は延長戦で次なる仕事を依頼してくる流れだ。来るべき時が来たらというのは諒花の成長を見ているのだろう。その成長はある一定の線を超えてしまった。あのレーツァンを倒したからこそ。


「お前にはまたもうひと働きしてもらう」

 やっぱりだった。

「後日追って連絡する。だが一つだけ言っておく。その内容はお前がここまで初月諒花とともに歩き続けてきたこの約五年間を否定することになる。今の時間を宝としろ」

「……?」


 突然言われたそれが具体的にどういうものか、零の中ではまだ漠然としていた。次はこれまで以上に忙しい任務だから羽を伸ばせという事なのか。


 そして零はまだ知らない。監視対象だった彼女が最も知ってはいけない、知られないように気をつけていた自分の裏に踏み込んでいた事を。


 人狼少女と白銀剣士。ともに歩いてきた二人の運命は今、大きく動き出す────。



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