表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

171/175

第156話 白銀剣士 前編

 予想だにしていないぐらい、大変なことになった。いや、起こるべくして起こったというべきか。こうなる事は、どのみち避けられなかったのかもしれない。


 彼を倒すという選択をして無事にそれを打ち倒し、ここまでの全てが終わった今、事態は新たな方向へと向かい始めたのだが──黒條零は葛藤していた────


 彼の絵図通りになっていれば、青山の街は滅ぶだけでなく、よそ者の自分にも良くしてくれたあの人(花予)は殺され、監視対象(初月諒花)は奴の手に落ちていた。


 レーツァン。裏社会の帝王であり、犯罪組織ダークメア総帥、そして非常に強力な稀異人ラルム・ゼノ

 その強大なチカラは屋敷と時計塔以外が森林で満たされている滝沢邸を混沌の緑炎で覆いつくしてしまうほどで、そこらの異人ゼノでは到底真似出来ないレベルのチカラを持つ。それは森を操る能力を持つ滝沢翡翠をも凌駕する。

 

『諒花、ここで最後のゲームをしようじゃないか』


 そう言って、彼は凶悪なゲームでこちらに追い込みをかけてきた。勝たなければ間違いなく終わりだった。


 だが彼の計画は監視対象──同じ稀異人ラルム・ゼノのチカラを持つ初月諒花によって木っ端微塵に破壊された。

 今まで裏社会の奥底で高らかに笑い続けてきた裏社会の帝王はこの青山の地にて果てた。諒花がいなければ、この状況を打破出来なかったのは言うまでもない。


 これで全てがただ終われば良かった……のだが。



 それは時計塔を突き破り、落ちて行った彼女とレーツァンを追って、遅れて時計塔を駆け下りた時のこと。二人が飛んで行った先の森の方角へと突っ切った先に立ち尽くしていた、髪と背の長い監視対象の少女の目元から次々と雫が落ちた。


「零……変態ピエロは倒したけどさ、何も終わってなかった……」


 それはたまらない悔しさを含んだもの。何があったのかは直接見ていなくても、分かる。因縁の相手を倒したけれども、その後にあった事で大団円という言葉とは程遠い現実を物語ったものだった。


「諒花、レーツァンは倒したんでしょ? 何があったの?」

 恐る恐る彼女に尋ねた。緑炎はなくなり森は元に戻っても、まだ終わっていない。そんな顔だった。


「あの変態ピエロ……死に際にこう言ってたんだ。自分以外にアタシの事を狙ってる奴がもう一人いるって──」


 諒花は涙を拭って続ける。敗れたレーツァンは自らの体を緑炎で焼き、笑いながら消えたらしい。だがその時、レーツァンはこうも言い残していたという。彼は諒花の両親を事故に見せかけて殺しており、それだけでなく、彼女にとって大切な恋人も、彼が手にかけていた。そしてそれらの命を捧げたお陰でもう一人の敵と近い立場となったと。


 交通事故は彼女に実の両親がおらず花予と暮らしている理由そのものだ。あれは事故ではなく、実は事件だった。それは初めて知った事実で戦慄するしかなかった。レーツァンはまだ他にも有益な情報を知っていたのかもしれない。


「諒花、彼は他に何か言ってた?」

 すると彼女はこちらの顔を見て少し俯いて何かを考えた後、驚きの言葉が飛び出したのだ。


「なあ、零。変態ピエロが言ってたもう一人の敵がさ、手下を送り込んでいて、それが実はアタシの近くにいて、狙っているとしたら、どう思う?」

「え……!」

「しかもすぐ分かるとか言ってた……」


『諒花は私が守る』


 いつもならば、その決意を込めた言葉が出るシチュエーションだ。しかしそれは出てこない。先にその事実に目を丸くする以外なかった。予想だにしていない事に対し、まずはすぐに確認しなければいけないと、誰もが発する台詞がとっさに。


「ちょっと待って。本当にそんな事を言っていたの?」

「ああ。そいつの手下がアタシの近くにいるらしいんだ」

 諒花は首を縦に振った。

「急にどうしたんだ?」

 いけない。諒花にこちらのそぶりを気にされてしまった。


「なんでもない。諒花に危険が及ばないように警戒する必要があるから。私の方でも怪しい人間がいないか調べてみる」

 ひとまず、それで話を切り上げるのが無難だった。が。

「そっか。零がいてくれるならば安心だな。現れても一緒に戦えるもんな。その手下を見つけられれば、変態ピエロと並ぶもう一人の敵にも近づけるかもしれねえ」

 疑われたらどうするかと警戒していたら、彼女は安堵の表情であっさりと納得してしまった。

 まあ、諒花らしいのかもしれない。向こうはこちらを本気で信じてくれているのだから。


 ──最も、こちらは……いや、今はよそう。考えたくない。


「あの変態ピエロがどうして母さん達を殺したのか。その真実をアタシは確かめたい。アイツがもう一人の敵に近いポジションにのし上がるために殺したのなら、そいつにも利のある事ってことだろう」

 確かに、その通りだ。もう一人の敵、すなわち黒幕がレーツァンにやらせた可能性が大きい。


「今日はもう、戦いは終わったし、帰ってゆっくり休もう。歩美も蔭山さんも、花予さんもみんな待ってるから」

「悪い、そうだな。アタシ達……ひとまずは勝ったんだよな。変態ピエロを倒して全部終わりなはずが、綺麗に終わるゴールは遠くなっちまったけど」


 落ち込んではいるものの、諒花の表情も比較的穏やかなものに戻ってきた。こちらが駆けつけて話をした事で彼女の中の不安が拭えたのかもしれない。


 だが。これから先、踏みにじってしまうかもしれない。その思いを。


 いざとなると怖くなってくる。


 しかし、覚悟を決めて踏み出さなければならない。


 来るべき時が迫っているのかもしれない。


 死に際のレーツァンが言っていたという、自分以外にもう一人、諒花を狙っている敵がいるという発言。それがどこにいるのか諒花には知られていない。しかし、その敵は手下を送り込み、それは彼女の近くにいるという。


 帝王はとんでもない置き土産を遺して、逝ってしまった。彼女は全く気づいていない。近くにいる敵が誰であるかという事に。疑う余地がないからだろう。それぐらい諒花はこちらを信頼してくれている。


 なぜ焦っているのか。もう、この情報だけで分かってしまったからだ。死に際の彼が誰の事を指して言っていたのか──


 レーツァン以外で初月諒花を狙っている敵で、かつ手下を送り込み、その手下が彼女の近くにいて、諒花にすぐ分かると言い残しているといえば、もう一人しかいない。他に敵がいるなど、あり得ない──。


 上官と自分しか知らないはずの任務──初月諒花を監視すること──を、なぜ部外者であるレーツァンは知っていたのか。彼がそうでなければ死に際にあんな事は言い残せない。わざわざもう一人いて、しかも手下を送り込んでいるなどと。


 ──もう、決まりだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ