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第17話

 穴に飲み込まれゆく諒花と樫木を追って、零も穴に飛び込んだ。

 諒花に強力な一発で殴られたことで瓦礫とともに無力となって落下していく樫木は、下の階の床に思いきり叩きつけられ、諒花は空中で体制を整えて着地、零もそれに続いて綺麗に着地した。ここは六階のはずだが、先程の爆発によってすぐ近くにはただひたすら奈落の底が続いていた。それはさながら、落ちれば終わりの崖のようだ。


「クソ……こんなはずじゃ……」

 全身を強く打っても、殴られても体がふらつきながらも立ち上がった樫木。

「まだやるのか、樫木?」

 得物である鎌は破壊し、拳銃もかけていた眼鏡もどこかに消えた。そんな満身創痍な姿はとてもしぶとい。

「ここで負けたら、僕もあの負け犬シーザーと同格に成り下がる……! 負けるわけにはいかん……僕は──チャンピオンだからな!」

「チャンピオン?」

 その言葉に諒花の眉が上がった。


「そうさ! あのレーツァンが三ヶ月前に余興で開いた異人(ゼノ)限定のバトルトーナメントで、僕はあのシーザーと決勝戦で戦った! 結果は当然僕がチャンピオン! 賞金は頂きさ」

「なんだよ、そのトーナメントって! すげえ面白そうじゃねえか!」

 トーナメント。その言葉を聞いて諒花の目は興奮とワクワクに満ちていた。もしもどこかで秘密にそんな大会があるならば自分も──そんな眼差しで。あのレーツァンが主催なのが引っ掛かるがそれでも興味を惹く話なのは変わりなかった。


「フッ……! お前に負けたことであのシーザーは熱い手のひら返し食らってオワコン扱いさ。準優勝者という肩書きも鼻で笑われる負け犬扱い。優勝者である僕も負ければ同じ末路が待ってるというわけだ」

 諒花には甘いと言わんばかりに微かに笑って一瞥し、自虐的に語り、黒い笑みを浮かべる樫木。

「そうね。この世界では強者こそ至上主義な風潮がある。彼らは強者しか興味がない。ゆえに負ければあなたもそうなるでしょうね」

「なぁ、それよりトーナメントのこともっと聞かせろ!」

「──断る。僕はお前ら二人を殺す。身の程知らずの子供に厳しい社会の現実を教えてやるよ! それで僕が更なる上をゆく!」


 得物である鎌も拳銃も無い、それでも樫木は袖の長いコートをめくって拳を前に出して構えた。


「いいぜ。アタシが拳で相手してやるよ」

 手をポキポキと鳴らして構える。

 樫木はまた姿が見えなくなるも、諒花に近づいた所で瞬時に姿を見せて、飛びかかった。

 それを避けて諒花は回り込み、飛んできた乱れる拳の連打を全て避け、攻撃が止んだ所を人狼の手で胴体に掴みかかって──


「なにっ!? くそぉー、女のくせに……離せ!!」

 胴体を拘束。もがくもしっかりと固定して離さない。彼の体を真後ろに高く持ち上げ、もがく樫木の見える世界全てを反転。そこから急転直下に容赦なく床に叩きつけられ、その衝撃は樫木の全身および脳みそ全てに行き渡った。


 やった──のもつかの間。

「勝った!! と思ったか!! いい気になるんじゃねぇ! 僕をコケにしやがって!」

 突如、樫木は素早く起き上がってコートの中から鋭利な刃物を取り出した。

「ナイフなんか卑怯だぞ!」

「ウルセエ! 勝てばいいんだよー! ぶっ殺してやる!」

 諒花に突きつけた刃物を振りかざして、襲いかかる──が、それは宙で円を描いて樫木の背後の床の溝に突き刺さった。


「──うぇ!?」

「樫木。悪いけど、もうあなたに勝ち目はない。あなた、自慢の透明能力を使いたくても使えないでしょう?」

「ギクッ! なぜそれを……」

 ナイフを弾かれ、零に黒い剣先を向けられると先ほどの威勢は虚勢へと一変した。零の冷たい論破は続く。


「あなたの行動を見ていればよく分かる。私と打ち合っている時にあなたの透明化が解除されたから。さっきも透明になって諒花に殴りかかろうとしたけど出来なかった──さしずめ私たちが来る前の戦闘であなたは異源素(ゼレメンタル)を消耗したのよ」

 剣先と言葉だけでなく、零の冷たい眼光が樫木に突きつけられる。

 ここに来る途中、死体の山を見てきた。それはただ殺して回るのではなく、感情(チカラ)に身を任せた蹂躙と殺戮。

 ただただ強い感情。それに共鳴した異源素(ゼレメンタル)を加減せずに、己の心満たすまでこれでもかと使い続けた。


「私たち異人(ゼノ)がチカラを行使する燃料(エネルギー)は無限じゃない。分かるでしょ? これは、あなたがゴミと蔑んで殺した人たちの報い。それでも戦う?」

 その犠牲によって浪費され、枯渇状態に陥った。まさに皮肉のMP不足だ。怒りと憎しみに身を任せ、後先考えずにゴミどもの虐殺を楽しんだ結果。


「……いい加減にしろマセガキが!!」

 捨て身。猪突猛進かつ諸刃の一撃。降伏勧告に従わない獣に零はもはや容赦しない。

 音もなく、二刀の剣が通過した樫木の腹部を交差する。その瞬間、交差した所から赤い飛沫が飛び散った。


「グッ……クソォォォォォ……! お……てろ……よ……!」

 生き血が舞う。樫木は執念の断末魔とともに力尽きる。零は振り返り、曇った表情で彼の背中を見た。


 直後、建物ごとの揺れを感じた。

「なんだよ! 地震か?」

「違う。一旦ここから離れて」


 諒花と零がその場を離れると、立っていた床がひび割れとともに崩れ落ち、奈落の底が拡大し、力尽きた樫木を飲み込んでいった────

手榴弾たった一つで建物はこんなになることをまざまざと見せつけてくる。そしてそれを投げた当人はどこまで続くかも分からない奥底に飲み込まれた。まさに因果応報だ。

 

「……終わったのか」

 戦闘が終わり張り詰めた空気が途切れたのに合わせ、左肩の銃撃の痛みが全身に走って膝をつく。通常のものと違って、奴のチカラが付与されていたせいか、威力が高い。


「諒花、大丈夫?」

 零が身を案じて、倒れないように肩に優しく触れ、支えてくれる。

「あぁ、でもアタシだったら少し休めば回復するよ……これぐらい」

 そっと支えながら立ち上がる。


 異人(ゼノ)は通常の人間よりも肉体の回復力が著しく早いと言われている。銃弾や刃物に体を貫かれても個人差はあるが自然治癒が早い。

 最も、隣の親友兼相棒の右目は初めて会った時から、眼帯でふさがっていたので、外傷の回復に絶対という概念はないのかもしれない。

 そんなハンデをもろともしない零。右目が見えない、それだけで視界も含めて感覚が狂うことは間違いないだろうに。密かに凄いと諒花思っていた。


 少しその場で瓦礫に背中を預けて少し休んだ後、二人はゆっくり歩き出した。

「諒花、今日は私が家まで送っていく」

「いいのか?」

「この前のお返し。銃弾を受けている以上、放ってはおけないから」

「そっか。それならお言葉に甘えないとな」

 クスッと笑う。帰ったらゆっくり休もう。結果はどうあれ、これで<部流是礼厨(ベルゼレイズ)>との戦いも終わった。


 しかし、これで全て終わったのではない。零をも素手で(ほふ)り、裏で彼らを操っていたあの男──


「結局、あの変態ピエロに関する手掛かりはなかったな……」

 根本的に改めて<部流是礼厨(ベルゼレイズ)>は彼の目論みによって動かされ、出来ていた組織だと分かったぐらいだ。

「それどころじゃなかったからね。ここもいずれ警察とかの捜査が入るだろうから、今は控えておこう」

「振り出しか……」

「でも手駒だった<部流是礼厨(ベルゼレイズ)>が無くなったことで、向こうも必ず次の一手に乗り出してくるはず」

「アイツがいる限り、何も解決してないよな」

 再度思い知る。所詮、ここまでの戦いは一番幅を利かせていた彼の飼っていた手先がいなくなっただけにすぎないのだと。


「言っておくけど諒花。トーナメントに出たいとはまだ言わないでね。諒花にはまだやるべきことがあるのを忘れないで」

 先ほどの樫木の話にワクワクした自分に対し、零が念のための釘を指してきた。

「わーってるって。あの変態ピエロをブッ倒すまでは絶対に行かねえよ」


 出たいのが本音なのだが、そんなことを言えば力ずくでも止めると言われそうなのでやめた。万が一出られたとして、今戦えなくなれば終わりだ。どんな敵がいるかも分からない。変態ピエロの目のサイズが左右非対称な顔を殴れなくなる。


 あのピエロ──レーツァンに会えば、そして彼をこの手で倒せば、今見えている世界が更に広がる。ここまでの敵全ての糸を引いていたあの巨悪を倒す事で何かが見える。それを確信した。

 あのピエロを倒す過程で何かが見つかる可能性がある。今日みたいに。零の言っていた、『他人に教えてもらうのではなく自分自身で納得いく答え』、即ち生きる答えがこの果てにある。それを信じて──


 昨年、メディカルチェックを不合格にされて、空手部への入部が取り消しになって塞ぎ込んでいた時、零に言われた言葉が蘇る。


「異能の蔓延る裏を知れば、生きる答えを必ず見つけられる。他人に教えてもらうのではなく自分自身で納得いく答えを見つけること。でなければあなたの答えではない」

 ──黒條零(こくじょう れい)



 第一部 完


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