第153話
「な、なんなんだあの蒼い炎の柱は! 離れたこちらから見ていても凄まじいチカラしか感じねえぜ……!」
その光景を屋敷の入口で見ていたのは大バサミのシーザーだった。刑事の蔭山とともに屋敷の入口に来たものの、謎の緑炎に行く手を阻まれ、それを何とかしようと蔭山と方法を探っているうちに結局、ここで待つしかなくなっていた。中で最終決戦が行われていることをやってきた零と歩美を通して知ったからだ。
突如、森の向こうより響き渡る轟音。滝沢邸の森で天に上った蒼き火柱。それと同時に辺りの緑炎は勝手に弱まって鎮火していく。
時計塔の上に侵食して青山の景色を見下ろしていた混沌の龍、ケオティック・デス・ドラゴンも根本となる支えを失い、ひとりでに勝手に崩れ落ち、時計塔の周りでデタラメな瓦礫の山を築いて大地へと還っていく。
屋敷を支配していた、レーツァンの創り上げた混沌に満ちた燃え盛る緑炎による世界は、それまで悪い夢を見ていた幻だったかのように、何一つ残る事なく姿を消していく。全ての緑炎と混沌の瓦礫の塊が最後の灯をあげて蒼炎の柱の前に夜闇へと溶けていく。
まるで人狼少女の蒼炎の柱がこの一帯全ての混沌を浄化し、その支配から解き放つが如く。滝沢邸は快晴の夜空の下、秋の風で草木が穏やかに撫でられる静かな美しい夜へと、その姿をたちまち取り戻していく。
「あの蒼く激しく燃える炎、諒花のに違いないな。見ろよ、屋敷が元の姿に戻っていくぞ」
蔭山にはすぐに分かった。あの青白い──いや、今は蒼く神々しく燃える炎は彼女しかいないと。目をやると燃えていた草や木がひとりでに元の姿に戻っていく。
「そうだよ! 諒ちゃん、やったんだ! レーツァンに勝ったんだ!」
隣にいた歩美は嬉しそうに言った。鎧が脱げたインナー姿の上に、蔭山に車から出してもらったモーフを被って体を包んでそれを見ていた。
「おいおいおい!! マジか!? あの人狼女、レーツァンを倒したっていうのかよお!?」
目と口が大きく開き、信じられない啞然とした顔をしながらシーザーはそんな二人に詮索する。
「ああ、間違いねえ。あの炎は諒花のものだ。俺は見た事があるんだ」
彼女がまだ幼い時からその成長を見てきたのもそうだが、非常時に戦っている彼女の拳からはいつもあの炎が出ていたのを蔭山はよく知っている。
蔭山は目の前で燃えていた消えゆく緑炎に視線を移し、
「そして、俺達の侵入を阻み、この森を覆っていた不気味な炎が消えていくのも、コイツを引き起こしていた全ての元凶が倒されたからだろうな」
「マジかよ……」
平然と語る蔭山を前にシーザーは愕然とするしかなかった。岩龍会亡き後に関東裏社会で台頭し、裏社会の帝王と呼ばれるまでになった男をあの小娘が倒してしまった事に。
言うなれば、終わりの始まりである。終わりと同時に、また新たな始まりの風が吹く。だがそれがどんなものなのかは今は分からない。
*
森に立つ蒼き炎の柱は轟音を立てて天へと燃え上がった。その模様を青山の女王、滝沢翡翠もまた、屋敷の窓から一部始終を観測していた。
──諒花さん、ついにやりましたわね。時計塔もちょっと修繕が必要ですが破壊しないで済みました。まさか本当に倒してしまうとは……流石。これで彼の仕掛けたゲームも終わり────
だが、とんでもない事を後押ししてしまったのは否めない。最初はこの局面を乗り切るには奴に勝つしか切り抜ける方法はなかったとはいえ始まった、この無謀な戦いがまさか気がつけばこのような結末を辿るとは。妹と通じ合える所も含めてやはりとんでもない逸材に出会ってしまった。
裏社会の帝王、レーツァンの敗北。それは明日から関東裏社会に激震を巻き起こすだろう。彼はこの関東裏社会で君臨する犯罪組織ダークメアの総帥でもある。自ら総帥として指令を下すこともあるが近年はもっぱら部下達に任せ、自分は今回のように単独かつ独自で動いている傾向が強い。彼らがどう動くのか。気がかりだ。
彼女の安全もこれまで通りにはいかなくなる恐れがある。帝王を倒した異人がどんな存在か、裏社会の他の猛者達の興味を引くことになるに違いない。それはこちらで何とかすればいい。が。
翡翠にはもう一つ気になることがあった。
「……本当に……終わったのでしょうか?」
蒼い火柱が立って緑炎とともに消えた後、自らの能力で見た、彼の最期の姿とその時の言葉が頭の中で引っかかってならない──確かに彼は負けた。それなのに、本当に終わりとして良いのか。
「ま、彼に名指しされた以上、諒花さんには後できちんと説明しないといけませんね」
 




