第148話
左右に緑炎が燃え続ける森の道を突っ走った先に見えてきたのは、時計塔正面に広がる広場だった。
時計塔の中へ入るための入口の前に、青いコートの裾を靡かせ、広がる赤い襟を前に向けたその男はこちらに背を向けて立っていた。目の前にそびえ立つ時計塔のてっぺんをそっと見上げて。
「フヒャハハハハハハ! よく追いついたな、諒花」
振り向いた彼の左手には茶色いボトルが握られていた。ドラゴンの顔がデフォルメで描かれ、アルファベットでも何やら文字の書かれたラベルが貼られているそれは酒のようだ。
「酒なんか飲んで、随分と余裕ぶっこいているじゃねえかこの変態ピエロ野郎!」
「今のおれとお前の実力差はそういう事だ」
「酔いながらでもアタシに勝てるってか?」
最初からこちらをあしらう気満々な態度に嫌気が立つ。もうおれは勝った、遊んでやるよ。そう言わんばかりに。
レーツァンはボトルの先に口をつけ、首を上げて中にあったものを一気に飲み干し、ぷはーっと息を吐く。
「美味い酒だ……最高の酒だ。この日のために高いのをとっておいた」
「御託はいいだろ」
「さて。良い所に来たな。ちょうど準備が出来た所だ。今から面白いモンを見せてやろう!」
──来る!
攻撃してくる事を見越し、諒花は拳を前にファイティングポーズで身構えた──
「なに?」
途端に腕の力が抜ける。彼は再び時計塔の方へと身を翻したのだ。握っていたボトルが地面に落下し、音を立てて破片が散らばる中、彼は白い両手をその場の地面につけた。
「さあ、行け!! 時計塔よ、その姿を、全てを破壊し尽くす相応しいものへと変えろ!!」
つけられた両手から地面へと緑と黒の混ざった混沌のエネルギーが送り込まれる。それは地を這いながらウネウネと時計塔に向かっていき、瞬く間に時を刻む塔のてっぺんへと昇って行った。
時計塔の顔とも言うべき時計の部分が形を崩し、独りでに姿を変えていく。奴の操る混沌の塊そのものである緑と黒で輝く不気味な巨大結晶が、時計から破裂するように飛び出し、溢れ出て増長する結晶は瞬く間に時計塔の時計の部分を飛び出し、飲み込んでいく。
結晶部分が長く伸び、先端に出来上がったそれは眼下にあるこの青山という地全てを見通す事の出来る巨大な龍の頭を成していた。
龍を模した存在の眼はこの青山の屋敷と森だけでなく、街並みまでを見下しているかのよう。龍の形をしたその砲口は今すぐ攻撃を開始してもおかしくない。時計塔の上に邪悪な龍が座り、この街の全てを俯瞰し、見下し、今にも粉砕して見せようという勢いだ。
「なんだよこれ……!」
圧倒される。規格外だ。レーツァンのチカラはこんな事も出来るのかと。何をしたのかは分からない。イメージを込めた混沌の塊を手から大地へと送り、それが時計塔を蝕み、変異させた。それしか言えなかった。
「フヒャーッハハハ!! どうだ諒花!! これぞおれの創造した、眼前の景色を消し飛ばす今宵の花火を撃つ発射台、ケオティック・デス・ドラゴンだ!!」
レーツァンが指を差したのは時計塔から首を伸ばす龍の砲口。奴のこの街を面白おかしく派手に残虐にぶっ壊したい意志がこの龍を生み出したに違いない。
「こうして具現化させる前から、予め準備をしていた。エネルギーが溜まったその瞬間、眼の先を中心に、辺り数メートルをその爆ぜる衝撃で燃やし尽くし、破壊するだろう!」
ここに来て奴が言っていた花火の意味がようやく分かった。奴のチカラによって顕現した龍が口を開き、そこから放たれる容赦のない伊吹が青山を真に地獄の世界へと変える。それを面白く花火だと形容して言えるのは奴だけに他ならない。
自分だけが楽しい。それにすぎない。一方的で自分勝手な大量虐殺が容易く行われる。そこにはただ彼の欲望が満たされた事による優越感と満足しか残らない。
「今、おれ達が立っているこの敷地もまとめてサヨナラだ。ここも中心点の周りを描く円の一部なんだからな!」
ゾクゾクと楽しそうに興奮が冷めない面白い様子で語るレーツァン。中心点とはブレスが着弾する位置の事だ。その場所を中心に、全ての形を成すものを消し飛ばす衝撃波、つまり円が拡大し、描かれる。建っている建物、木、そこにいる生き物。その全てが中心点から描かれる円に全て飲み込まれ、無差別に消し飛ばす。
「諒花よぉ、早くしねえとここら全てが本当に吹き飛んじまうぞ? 止められるものならば止めてみろよ!! 出来るものならばなァ!!」
するとレーツァンはコートの懐から黒くて四角い物体を取り出し、諒花の足元にホイっと投げた。
「残り時間。あと十五分だ──やってみろ。今どっかで見てる諸君、今宵の夜のメインイベントが今始まったァ!! 初月諒花はこのおれ様を止められるのか!? フヒャーッハハハハハハハハハ!!!」
高らかに奴は笑う。放り投げられたそれは赤色の数字が4桁表示されたデジタル時計だった。15から14へと変わり、破滅へのカウントダウンが一つ、また一つと減っていく。




