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第16話

 真っ暗で深遠なる闇。それは寒気と同時に孤独感と恐怖を自然と生む。

 ダンボール、テレビ、棚、椅子など、この部屋に置いてある物がうっすらと見えるが、目を強く凝らしてやっとその影がぼんやりと見える程度だ。

 辺りをじっくり見渡しても暗闇以外の人影、幽霊のような姿をした樫木は既にどこにもなかった。


 どこにいる?? いたとしてもこの部屋の中にはいるだろう。この部屋唯一の出入り口であるドアの前に零と合わせて二人で立っている以上、外にはまだ行っていないはず──


「諒花!! 伏せて!!」

「──!」


 唐突に零に体を押し倒され、なんだよと真上を見ると頬に謎の水滴が落ちてくる質感がした。一瞬だけ体に寒気が走った。

 それは水ではない。こすりとると自分の掌が赤くなっていることが感触から伝わった。


 手が汚れたことはさすがに気になる。だが対処する余裕もなく、立っていた零が黒剣を出し、こちらを狙って振り下ろされた何かに対して、自分を庇ってくれていた。

 零の剣は見えない何かと交錯し、揺れている。


 足音が二歩だけ聞こえた後、銃声が部屋中に響き、闇に覆われた部屋が一瞬だけ発光する。

 思わず目を閉じた。分かることは銃弾が飛んでくることだけだった。このままでは危ない。無性に感じた危機感から、先ほど守ってくれた親友の前にとっさに素早く出ると左肩にかつてない痛みが走って膝を折る。


「ぐっ……!」

 息つく暇は与えられない。一時の光から再び闇に満ちたこの部屋で、何かの栓を抜く音がし、小さい鉄の塊のような物が転げ落ちる音がしたのだ。

 それは諒花の耳にも入ったが、どうすればいいか分からず動けなかった。一方、零はそれを聞いて行動が早かった。


「諒花、こっち!!」

 開けたドアから零に手を引っ張られ、外に連れ出された直後、どこからともなく激しい爆発音とともに視界全体が目まぐるしく赤と黒で覆われた。

 荒れ狂う砂煙、乱れる視界、爆風。目を開けていられるのもやっと。二人を繋ぐ手もどれだけ強く繋がっていてもその嵐の中に飲まれて互いに離れてしまう。


 背中に覆い被さる瓦礫を破って辺りを見渡した。窓の外の景色は真っ暗で、既に日は落ちていた。

 先ほどまであった部屋はもうどこにもない。メチャクチャで、壁は部屋ごと爆発で破られたのか、ただひたすらに瓦礫で散らかった空間が眼前に広がっていた。まるで別の世界にでも来たかのようだ。


「零!! 大丈夫か!!」

 近くに倒れていた暗闇でも綺麗な銀髪からすぐに分かった。起こしてあげると自力で立ち上がった。先ほどの爆風で彼女の着ているセーラー服は汚れていた。

「諒花……ありがとう。大丈夫?」

 自分の左肩を見ると見事に貫かれた箇所から血が流れていた。セーラー服の白を赤が侵食している。さっきの銃声の時に零を庇って、自分が銃弾を受けたのだと再度実感した。


「ああ。しっかし、樫木の奴、何をしたんだ……分からねえよ」

「それについては一つ確証を得ている。諒花、このビルに入ってから、私たちの目の前で人が殺された場面を振り返ってみて」

「あっ、そういえば」

 諒花はポンと手を叩いた。 そう言われて真っ先に頭の中で浮かんだのは、あの不気味なシーンだ。見えない相手に斬殺されるあの。


 奴は何もない場所から幽霊の如く実体化して現れた。二階で<部流是礼厨(ベルゼレイズ)>の構成員の男どもが斬殺され、その時に持っていた拳銃がスっと消えた。

 更にこのフロアでもグラトもといレーツァンに助けを求めていた先ほどの男が、一見誰もいない部屋で突然背後から斬られるようにして死んだ。もう答えは出た。


「あいつ……まさか透明人間!?」

 零はそっと頷いた。

「あの男は自分を他人の視界から消す能力を持っている。そしてそれは彼が触れている物も消してしまう」

「あの使った銃も二階で奪った物だったってわけか」

 自分の、今まさに痛々しい傷のある左肩を見て言った。消えたのは銃を奴が拾い上げたからだ。

 

 着ている服や身に着けている眼鏡、自分の手荷物も視界から消える。それは手、全身の肌の温もりを介して、能力を適用させている証拠だ。敵はあらゆるものを透明にする能力(チカラ)を操る異人(ゼノ)

 立ち上がり、この廃墟と化した空間から樫木を見つけ出すべく諒花と零は歩き出した。


「単独行動は危険よ。諒花は注意深く前を見て。私は後ろを見る」

 互いに背中を合わせて、注意深く前に進む。

 爆発によってこのフロア中の内側の壁が殆ど跡形もなく消し飛んでいた。ドアは真っ二つになり、瓦礫が足元に散乱している。

 樫木の能力が分かった今、爆発する寸前の物音の正体が分かった。あれは手榴弾の栓を抜き、投げた音だ。それも非常に強力な。

 この爆発を起こした樫木は今もどこかで待ち構えてこちらを狙っているはず。目を凝らして辺りを見回す。さっきまでが目を凝らさないと見えなかった周辺のメチャクチャに壊れた物の数々と瓦礫の山に天井からほのかな月の光が差す。同時にこの沈黙が心臓の鼓動を早めているのが分かる。


 ……カチャ──カチカチ


「諒花!!」

 拳銃に弾を装弾する音を零は聞き逃さなかった。その音がした方角に剣先を向けて氷弾を放った。一見、何もない場所に。すると氷弾が何もない所で見えない何かに当たって砕け散った。


「──えっ?」

「はっはっは!! そんな攻撃、僕に効くと思ったか?」

 何もないその場所から、狡猾で慢心とした笑みを浮かべる樫木の姿が現れた。覆い被さったコートのローブを頭に被り、丸い眼鏡の眼光は怪しく光る。

 手にはあるはずの拳銃が握られておらず、何もない両手を前に出していた。今にも両手から光線でも放つのではないか、そんなポーズで。

 まさか、透明だけでなく、素手で零の氷弾を無効化するほどの実力があるのか──当たれば大抵の敵は凍えて大きなダメージを受けるアレを──その考えが過った。


 再び、闇の中に姿を消す樫木。その行動は目では読み取れない。

 しかし、何かを豪快に投げつけてくるような気配がした。それは恐らく、零目掛けて放たれ、その軌道は全く見えない。

 だが──

 直感で前に出て、その何かを正拳突きで打ち破っていた。砕け散る瓦礫の塊が足元に散らばると、その中には輝く氷の破片が混在していた。


「あれは私の放った氷……!」

「なるほど。あいつの手にかかれば、ただの瓦礫さえも見えない武器にしてしまうわけか」

 もし、普通に瓦礫を武器として使うとしたら、それは滑稽としか言えない。だが樫木の手にかかれば、それは即席の見えない盾にも、見えない投擲武器にもなる。透明な使い捨て装備として。


 正面から走る足音がどこからか響く。刃物を鞘から抜き取る音と交わり、靴の裏が床を叩く音は次第に大きくなっていって、


「諒花、下がって!」

 零が前に出て二刀の黒剣を交差させ、中央で火花が散る。ぶつかり合う樫木の姿は見えない。動作に伴う物音と風音、気配。それを察して、一撃一撃の斬撃に対して対応していく。


 同時に、向こうがこれまで殺めてきた者たちの血が足元に落ちて、赤い円が増えていく。死ね、死ね、死ね。その一つ一つの紅の雫に死者たちの無念が木霊するように。


「零! 手伝うか?」

「いや、まだ。諒花は構えてて!」

 樫木の得物は鎌だ。零の二刀の剣よりも小さく、片手で持つ短いタイプの鎌。後ろから相手を拘束でもすれば、一思いに首から息の根を止められる強力な武器だ。


 目を凝らして見てみると三日月型の瞬間的斬撃を描いているようにも見えた。それを零は一つ一つを二刀の剣で確実に受け止めている。まるで相手が見えているのと差し支えない。

 敵の武器こそ小さいが透明能力と合わせて、その扱いに相手は非常に長けている。一本の鎌で二刀の剣と互角に渡り合えてしまう。まさに命を狩る恐怖の死神だ。


「少しはやるじゃないか……! 僕の透明鎌を受けきるとはな!」

 零の剣に対して、鎌をぶつけてつばぜり合いをし、唇を噛む樫木の姿が露となった。それは諒花の目にもハッキリと映った。


「諒花! 今がチャンス!」

 言われるまでもなく、姿が見えた直後に突っ込んでいた。両手の拳を青白き人狼の拳に変化させる。

 零から一歩後方に下がった樫木の顔面に痛烈なる剛拳がお見舞いされる。眼鏡もずり落ち、大の字で倒れこんだ。


「くそっ……!」

 すぐに樫木は起き上がって、右手に鎌を左手に拳銃を持った。不慣れな方の手でも武器を持とうとする執念で構える。


「これが噂の人狼か! 食らいやがれ!」

 左手で引き金を引いてやけくそに連射する。しかし諒花の人狼の拳はその一弾を音もなく砕き、右、左へと放たれる銃撃を高速回避して樫木に迫った。

「なんだとくそっ! けどその首、この僕がもらったよ!!」

 拳銃を落としながらも鎌を迫ってきた間一髪で振り下ろす。

「な……!」

 だが、その振り下ろした手首は人狼の右手で強く抑え込まれ、握られたその血塗られた刃は横から空いた左手の剛拳によって砕かれた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ僕の自慢の血塗られた鎌がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 そして──

「初月流・青狼剛正拳(せいろうごうせいけん)!!!」

 諒花のチカラのこもった青き人狼の拳は樫木ごと立っていた床を青い衝撃波で吹き飛ばし粉砕した。

 床はごっそり削り取られ、諒花も樫木も、暗い穴へと飲み込まれていく。



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