第144話
自らを見失った歩美は酷く錯乱している。このままにはしておけない。早く解放してあげなければ。零はそこにそっと移動を開始した。もだえ苦しむ歩美の裏側にそれは回り込むとあった。
肩、胴、腰。それらを身体に固定するための弱所。
こちらを斬る事に意識がほぼ固定されている歩美は、後ろをとる事がとても困難だ。ここまで剣を交えてきて、周りこもうとしても、背後をつく事が出来ないぐらい反応速度があった。そう、先ほどまでは。だが。
──今ならばいける。
肩と脇を繋ぐ二箇所、腰周りを覆うために左右で繋ぎとめている二箇所、胴体を鎧で覆うために背中の中心から固定している二箇所──計六つの標的。肩以外はどちらか一つでも体との繋がりを断ってしまえば落ちるだろう。
目を閉じ、意識を静かに集中させる。二刀の黒剣も呼応し、闇を切り裂く白銀の異源素を帯びる。
歩美を束縛する六つのそれに狙いを絞る。歩美を斬るのではない。絶対に斬ってはいけない。彼女を縛りつける鎧の弱所だけを斬るのだ──そう念を込めて。
開眼し、それら一つ一つに向けて意識を集中させる。
「歩美、ちょっとだけ我慢してね──」
──右肩。脇と肩を繋ぐそれを断った後、続けて左肩のそれを断つ──
続けて腰の左右を横斬りで左──続けて右と粉砕した。歩美の微かな断末魔とともに体との繋がりを断絶された鋼鉄が宙を舞い落ちる。
──最後に腰。二刀の黒剣に一層意識を込め、左の繋ぎ止めている箇所を斬る──腰を覆う鎧が崩れ落ち、足元には鎧の残骸が転がる。
「うわあっ……うっ……!」
歩美の全身を覆う鋼鉄の鎧は形を失い、体勢とともに崩れ落ちる。同時に頭部を覆っていた兜甲も歩美の首からズリ落ち、短く整った美しい黒髪が下を向いていた。
中から現れたのは黒い薄着に身を包む歩美。鎧の中に着る薄着は肩を露出し、肌と密着しており彼女の整った体系が露わになる。
「くっ……零さ……ん……」
膝をつき、剣を右手に握っている歩美はよろめきながらも再び立ち上がる。その双眸は怪しい赤色が煌めいていた。
レーツァンによる洗脳はまだ続いているが、これでもう一安心だ。鎧を剥がされた歩美は異人と渡り合えるほどの戦闘力はもう出せない。握っている剣も体の様子も全てが弱々しく見える。
チカラの源たる強い心、意志、感情以前に、剣に宿りしチカラを制御出来る高い身体能力も、鎧による恩恵によるものだ。
鎧は素材に使われた異原石、つまり異源素の塊。それが全身に密着し、歩美を強化していた。逆にそれらが剥がれた今、剣も呼応するほどの器ではないと悟ったように黙っている。鎧が剝がれ、ダメージを負ったも同然に弱った歩美に剣は一切呼応しない。
──それにしても斬った相手の異源素を吸収するこの剣、そこらの武器とは一線を画すのかもしれない。
宿りしチカラは計り知れないはずなのに大人しく見えるのは気のせいか。いや、それよりも。
強大なチカラの宿る鎧をつけていた事の反動が来たのか、歩美は今にも倒れてしまいそうに見える。
「歩美。まだやるの?」
「やるに……決まってるでしょ! お姉ちゃんを生き返らせるためなら……」
今の剣は何もチカラはこもっていない。ただの鋼の剣。もはやこちらの敵ではない。だが、話をする前にまずはその持っている武器を何とかしよう──
「たああああああああああああああああああああっ!!」
掛け声とともに、ふらつきながらも両手で何とか剣を握って、振り下ろしてくる歩美──それが下ろされた直後、
──パシィィン!!
二刀の黒剣で容易くそれをなぎ払う。金属音とともに歩美の持っていた剣は宙を舞い、彼女の真上から円を描きながら森の向こうへと消えていった。今も緑炎が燃え続ける森の向こうへ。
「……まだやる?」
「……くっ……」
武器を失い、後ずさる歩美。その戦闘力は無いに等しい所まで落ちている。限界だ。
「歩美。花予さんの所に帰ろう?」
「……! 花……予……うっうわああああああああああああああああ!!!」
「歩美!!」
まただ。歩美は顔色を変え、頭を抱えてその場で激痛のあまり慟哭、うずくまった。




