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第15話

 血と異臭の臭いが漂い続ける暗い空きビル。

 小走りで謎の足音がした方向へと進むと、階段の前に辿り着いた。上の方から微かに足音が聞こえる。一歩、一歩、獲物はいないのかと探し回る無駄に響く戦慄の音。


「行こう」

 先行する零が合図を送ってくると、諒花は頷いて後に続いた。三階に到着すると、その足音は聞こえ、また遠くなっていく。また上の階に行ったのだろう。

 足音を追いかけて階段を上がると、今度もまた足音が聞こえるが次第に遠くなっていく。また後を追って階段を上る。


「奴ら、ビル丸ごと持ってるってどういうことだよ」

「さすが渋谷の街に頻繁に出没していただけあって、人数は相当いたみたいね」

 謎の敵を相手に二階で交戦して残らず全滅してしまったのだろう。三階以降は死体もなく、人の気配はまるでない。正体不明の敵であることも合わさり、お化け屋敷のような様相を呈していた。


「ビル一つを彼らが根城にしていることも不自然ね」

「確かにこれだけのビルを持つとなると、実際どれぐらいのカネがかかるんだろうな?」

「少なくとも一億はいくと思う」

「い、一億……!」

「当然、彼らにはまず稼げる金額じゃない。レーツァンが異能武器(ゼオプロ)を提供していたみたいに、他の誰かから支援してもらったとしか思えない」

「変態ピエロか、それとも全く別の、所謂第三勢力って奴か……?」

「分からない」


 無論、それで第一に予想つく顔は言うまでもない。

 そうこうしているうちに最上階である六階にたどり着いた。歩く足音が響き、誰もいないのに一室のドアが勝手に開いた。

 音を立てず、そっと近づき、開いたドアの隙間を覗き見た。


「グラト様! グラト様! どうか神の声を聞かせて下せえ!」

 一人の男が部屋の奥にある薄型テレビを揺さぶり、必死に呼びかけていた。すると真っ黒なモニターが光を発し、何かが映し出された。黒いローブを纏い、鋭い三角の目つき、牙を生やした怪物のシルエット。 


『どうした? 我が信者よ。我が名はグラト・ヴェルゼバル』

「おお、我らが神よ、どうかお助け下せえ! 謎の敵が襲ってきたせいでもうオレらはおしまいですう!」

 今にも死にそうな顔で助けを求められようと、神と呼ばれたその存在は至って平然としていた。


『──そうか、じゃあ終わっちまえよ』

「へ? どういうことですか!! それって!?」

 唐突な非情通告とともに怪物が姿を変える。ただの真っ黒いシルエットのものから膨張し、襟が無駄に広がったその姿。禍々しい膨れ上がった右目、左右を白と黒に塗り分けた仮面。輝かない金髪。


『うわあああ!? お前は誰だ!? グラト様じゃないのか!?』

『フヒャーハハハハハ!! お前らが信じていた神なんか、この世にいねえんだよ!』

 その姿は、三日前に見たその人だった。


 ──やっぱりこうだと思っていた……


『冥土の土産に教えてやる。ベルブブ教が滅んだ後、お前達を導いてきたのは神と呼ぶ存在じゃねェ──おれの名はレーツァン。裏社会の帝王だ……! フッフフフフ……!』

「なんだと!? おい、そんなの知らねえぞ──」

 不気味な笑い声に煽られ、画面に詰め寄ってテレビを揺らすと、『うるせえよ』という突き放す言葉が刺さるとともに男の息の根が止まる。

 銃弾で撃たれたわけでもない。突如背中に大きな切り傷が生まれ、血が吹き出し、天を仰いだまま男は白目を向いたまま倒れた。画面向こうの突如現れた謎の怪人の歓喜の嘲笑を浴びながら。


『ここまでご苦労だったな! おれ様のためによく働いた。フヒャハハハ!! ……哀れなもんだ』

 レーツァンは画面内で高級な椅子にふんぞり返り、その目は言葉に反して快感と快楽に満ちていた。

『さて、残りのハエどもの掃除は終わったか? 樫木(がしき)

 そう呼ばれた存在は何もない場所から自らの姿をぼんやりと空気を歪ませ、実体化させて現れた。

 骸骨の目とヒビ模様の書かれたフードを被り、全身を青黒い幽霊風のコートで覆っている。右手に握られた鎌の先端より血がドロドロ零れ落ちる。

『あぁ、残らず消したよ。()()()()を舐め腐ったゴミどもをね』


 それは人々が学業や仕事で汗を流す当たり前な表社会──ではなく、暴力を肯定し、異能の蔓延(はびこ)るこの裏社会の意味に他ならない。

 異能武器(ゼオプロ)を通して、この異能と暴力に溢れた世界をよく知らないくせに、ガラケーからスマホに機種変する感覚で異能を使ったハエども。それは物心ついて異能者として生きてきた者たちにとっては時にただの(にわか)を通り越して軽蔑の対象となる。


「あのゴミどもをあえて支援し、その上異能武器(ゼオプロ)まで提供して、調子こいた要因作ったのはあんただったか。吐き気がするぜ。泳がせず殺しちまえば良かったのに」

 樫木と呼ばれた男は眉をひそめた。


『ハッ! どうせいつでも始末出来たんだ。殺す前に餌を撒いて家畜として利用するだけして切り捨てる──その方が面白いだろ? お前にとってゴミ同然の人間どもがおれ様の家畜だぜ? それでもいい気がしないか?』

「しないね。本質はこの世界を恐れているくせに、都合良い時だけ肯定するゴミには一秒、一日も生きる資格はない。僕だったら即ミナゴロシだよ」

「と、それはそうと──ゴミ掃除したら来るんだろ? あんたの言う、シーザーをぶっ倒した女ってのは」

『あぁ。おれの情報網に狂いはねェ。その女もこのアジトを探してる頃だからな」


 それを聞いてたまらず、ドアを大きく開けて音とともに飛び出した。

「聞き捨てならねえな! それはアタシだよ!」

 いても立ってもいられず、ドアを突き破るようにして前に出た諒花は気合充分に体を揺らしてファイティングポーズで構えた。


『ほーら見ろ。来た』

「諒花! ――もうしょうがないなぁ」

 遅れて出て、やれやれと零も二刀の剣を手元に出現させ、構えた。 


『フヒャーハハハハハ!! ようこそ、初月諒花。それに黒條零。お前たちならばここを突き止め、やってくると思っていた』

 レーツァンはそう挨拶をすると、一本のワインのボトルを取り出してグラスを真っ赤に満たし、優雅に口に運ぶ。

「ホゥ……君があのシーザーを倒したのか。いい目をしている──ゾクゾクするくらいにね」

 樫木のローブに覆われた不気味で薄暗い顔がよく見える。かけている眼鏡がキラっと嫌らしく光る。


「おい、変態ピエロ! お前は人を、仲間をなんだと思ってるんだよ!」

 諒花の視線は鋭く、闘争心以外にも、彼の残虐性に対する静かなる怒りが籠っていた。敵だったとはいえ、自分の味方を平気で切り捨てて、上から目線で娯楽気分で笑う彼の姿は見ていていい気がしなかった。


『フヒャハハハハ! 仲間ァ? おれは最初(ハナ)からこのハエどもを仲間と思っちゃいねェよ?』

『このビルはおれが奴らのために用意したいわば家畜小屋さ。そしたら行き場を失っていたハエどもは泣いて喜んだ。他の同胞にも声をかけ、まんまとここに集まってきた。あとは適当に神サマを()ってれば、家畜どもは都合の良い駒となった。それだけの話よ!』


 ──野郎……!

 全てはこちらを狙うために仕組んだこと。そう言わんばかりの過剰な嘲笑に満ち溢れたネタばらし。とにかく不愉快で腹いせにその画面を拳でブチ破りたい。


 だが、歯を噛み締めそれをグッと耐えた。零もいる。一人よりも彼女が傍にいてくれる方が、いざという時に感情に身を任せた行動はダメだと思い出して抑制出来る。

 厳しいことを言ってくることもあるが、それは自分のことを彼女が常日頃注意深く見てくれているからだ。この前アジトを叩くかで口論になった時も強く言ってくれた。これまでも何度も制止された。

 だから、ここは堪える。いつも傍らにいる彼女のために。


『さて、おしゃべりはもういいだろう。お前の相手はそこの樫木麻彩(まさや)だ。お前がシーザーを倒したことを聞きつけてやってきたようだ。ククク、おれが憎いか? 悔しかったら戦え! おれはここから高みの見物といこう……!』

 画面が暗転に包まれると、笑い声が重くなり木霊する。暗い部屋をぼんやりと照らしていた光は無くなり消灯する。


「望むところだ! かかって来いよ!」

「諒花! 奴の姿がどこにも見えない」

「え?」

 零がそう言ったので辺りを見ると、文字通り暗闇だけ。先ほどまでいたはずの樫木の姿はいつの間にかどこにもなかったのだ。


 初っ端から出鼻を挫かれた、暗雲が立ち込める始まりであった。



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