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第136話

 翡翠は続ける。それは諒花の主観では決して見えない視点からの、知識に基づいた細かい分析。


『あなた自身はここまで数々の敵に対し、全力でぶつかってきたのでしょう。ですが稀異人ラルム・ゼノにしてはその全力が弱いのです。これまで戦ってきた格下の相手にとっては諒花さんはワンランク上、充分にそれ相応の強力なチカラなのですが、あの男の前ではその弱さが出ています』

「アタシならばもっと出せるってことか」

『はい』


 その返事は強く背中を押す即答だった。だが今のこれが全力だ。どうしようというのだ。これ以上どうしろと。行き先に迷いが生じた時、その顔色を察したように青山の女王は続ける。


『無意識にチカラを抑制してはいませんか? チカラで自分や周りが壊れるのを恐れているとか?』

 抑制。そういう意識はない。そう指摘されて、思い浮かぶのは一つしかなかった。首元にしてある赤いチョーカー。


『あの男に勝つ鍵はそのストッパーを解くこと。だと私は思います』

「もしかしてこれか?」

 首に常につけてある赤いチョーカーに指で触れた。

『それは?』

「アタシの持っている強すぎるチカラをほど良く抑制するものだ」

『なるほど。ただの飾りと思ってましたが、そういう事でしたか。つけた者の異源素ゼレメンタルに干渉する道具ですね。どこでそれを?』


「アタシのチカラを制御しやすくするためにって病院からもらったんだ」

 実際、これをつけていることでチカラの暴走を防ぐ。お陰でチカラを使った時に自分の体にとてつもない負荷がかかったこともない。危険領域に達すると抑制が働くからだ。全てはこのチョーカーがチカラを調整しているからに他ならない。

 メディカルチェックは不合格になってスポーツ系の部活や習い事の道は絶たれても、体育の授業には出られるのもそのお陰なのは言うまでもない。これが無ければチカラを制御出来ず、もっと前に大変な事になっていたかもしれないのだから。


「つけていたらダメなのか?」

『言うまでもありません。自転車に補助輪つけて走ってるようなもんです』

 またしても即答だった。そしてついでのその例えはそうなのかもしれない。補助輪無し自転車と補助輪つき自転車で競争しても勝つのは前者。

『今までの敵に勝てたのはチカラが調整されていてもなお、あなたの方が気合とチカラで(まさ)っていたからです。が、あの男の前では自らハンデを背負って戦っているに過ぎません』


 あのピエロと対等の位置に立てていない。こちらが出すチカラが弱いがために劣勢に追い込まれ、掌でいいように踊らされる。遊ばれる。嘲られる。ここで一つ更に、あることに気づく。


「なあ、さっきからその言い方、あのピエロも稀異人ラルム・ゼノなのか?」

 すると翡翠から即回答が返ってきた。


『ええ。彼も同じ稀異人ラルム・ゼノです』

「まじか」

 度肝を抜かれた、同時に初めて、あのピエロの素性と、その強大さがより具体的に見えてきた。自分と同じ稀異人ラルム・ゼノなのだから。


 今までの敵とは一線を画す存在なのは、裏社会の帝王、ダークメアという組織の総帥という肩書きを含めなくてもその強さで明らかだった。

 普通の異人ゼノでも強い奴は沢山いた。が、あの変態ピエロはそれらを凌ぐまさしく高次元の存在。それを体現する事実。だが。


「なんでそれをもっと早くに言ってくれなかったんだよ?」

『もうとっくに知っていると思っていましたので』

 さっきの戦いぶりからその期待を裏切ってしまった事を痛感する間も無く、更に翡翠は続ける。


『そして彼のチカラは稀異人ラルム・ゼノの中でも特に強力です。私でさえ押されます』

「あんたも稀異人ラルム・ゼノだったのか」


『ええ。私は幼少の頃は植物を少し操れる程度の異人ゼノでした。が、自分のチカラを知って、妹のために高みを目指すうちにこうなっていたのです』


 この世界で一般的に異人ゼノは最初から稀異人ラルム・ゼノというのはあり得ない。が、唯一、この初月諒花を除いては。

 身の丈に合わないチカラをこの赤いチョーカーが面倒を見てくれていた。それがすっかり当たり前となって、ここまで来た。


『私は思います。ストッパーを外したあなたは恐らく私よりも強いです。あの男を倒せるかもしれないほどに』

「なんでそう言い切れるんだ?」


『あなたを遠くから見続けて出した、私の見解です。わざわざ補助輪をつけられてるんですから。この十五分でよく考えてみなさい。ハンデを背負って勝てるほどあの男は甘くはありません』


 チョーカーを外して戦うのは全く経験したことがない。これを外して発揮するチカラは自分の想像以上になるかもしれないという恐怖もある。自らの内に封じられし得体の知れない怪物を解き放つ感覚。もしかしたら制御出来ないかもしれない。


 だが、これを外さなければ向こうからすればひよっ子同然だ。抵抗しても防ぎきれない。歯が立たない。これまでとは違う。


 チョーカーに触れた。今、外すべきか外さないべきか。手がそれに触れたと同時に止まる。

 そういえば言い忘れましたが、と付け加えた上で翡翠が一時の沈黙を破ったからだ。


『あなたのお友達ですが今、女騎士の歩美さんとそこから離れた東側で交戦中です』

「ホントか!? やっぱりあんなのでやられるとは思ってなかった!」

 零だ。特大の混沌を叩き込まれて爆発に吹き飛ばされてもやはり生き残っていた。ここまで常にともにしてきた零が簡単にやられるわけがないのだから。


『お互いに剣をぶつけ凌ぎ合う、死闘になっているようですがね』

 零と歩美。友達同士でこれほど辛い戦いは他にあっただろうか。


「そうか……」

『言っておきますが、助けには行かないで下さいね』

「分かってるよ。アタシにはやる事がある。変態ピエロを止めること。零はきっと大丈夫だろう」


 ここまで背中を預けあい、助け合ってきた零ならば上手く歩美を助け出してくれるに違いない。悔しいが今は体を休めて、チョーカーをどうするか考え、そう願うしかなかった。全ての悲劇の元凶たる、あの変態ピエロを倒すために。



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