第133話
その衝撃の事実を聞いた途端、凍りつくような寒気が、向こうの堂々とした態度に対する不愉快さとともに全身にただ走る。
「お前が……」
脳裏に次々と浮かび上がる、獄炎が煙をあげて焦がす光景。それは幼き日に巻き込まれ、両親が自分を守るようにして死んだあの交通事故。高速道路で車同士が玉突きでぶつかって連鎖が起こった後、道路上は火の海。
物心はないが、今も頭のどこかに確かに存在する悲しき忌まわしき記憶の断片。燃える鉄クズとなった車の中に残された自分だけが助け出され生き残った一部始終。運が悪かったら自分も消えていたかもしれない。
それが今までより鮮明に映ってくる。映像の中に所々ぬけがあって、充分に見えていて足りているようで実は足りてなかった、あと一つのピースが埋まったように。
目の前に立つ、この男によって。
更に出てくるもう一つの獄炎に包まれた記憶。小3の時に起こった、小1の頃からの初恋の彼──紫水との戦いで回顧した彼──野崎始とその家族が住んでいるアパートの二階の部屋ごと炎に焼かれて焼死したあの事件。
原因は冬場のストーブによる引火だった。が、それだけで到底納得など出来るわけがなかった。彼が死んでしまったことが信じられなかったからだ。
月日が経ち、改めて疑問符ばかりの事件だったと気づく。本当にたかがストーブ一つで燃え上がった炎でこうもあっさり死んでしまうものなのかと。異人でもあった彼が。だがそうなるのもこの男が裏で暗躍していたとなれば合点がいく。自分に執着し続けるこの気持ち悪い男が。
前者はどこからどう見ても完全なる交通事故。後者は疑問と謎が入り混じった事件。その全てを知る存在が、今、目の前にいる。
それを認識した瞬間、腹の底から今まで溜まりに溜まっていたものが一気に吐き出るほどの声が出ていた。
「──お前がァァ!!! 全部お前がやったのかァァ!!!! ぜってえ許せねえェ……!」
「フッフフフ……! フヒャハハハハ! フヒャハーッァハハハハハハハハハハハハハ!!」
強く歯を噛み締めて目の前の諸悪の根源を強く睨む。右目から悲しさのあまり流れ出る一滴の結晶。高らかなる嘲笑によって悲しみをえぐる。
今にもズタズタのボロボロにして殺してしまいそうなぐらいになる。今すぐその面白おかしく笑う不謹慎な顔をブン殴ってやりたい。が、それをする体の気力はとうにない。そうなってからの、勝利宣言からの衝撃の告白に、かつてない野獣の如き形相でその顔を睨み続ける。
「そうだよ、そうだよぉ! 全部おれが遠くから見ていて裏から仕組んだんだ。交通事故は車の運転手を使って、車ごとお前とパパとママが乗ってる車に衝突させて玉突き事故に発展させたのさ」
一番最初にぶつかった車の運転手も獄炎の中に消えた。なので本当にただの不幸が生んだ事故だと思っていた──いや、思うしかなかった。信じられない。それが全て裏で計画されていたことに戦慄する。円藤由里や歩美にもやったように奴のチカラならば確かに可能だ。運転手を洗脳して捨て駒にすることなど造作もない。そして運転手も一切の自覚なく命を落としたのだろう。残酷だ。
「お前の初恋の彼の実家の火事も、ストーブが原因と見せかけるためにおれが直接乗り込んで、催眠ガスを吹きかけた後に大量の灯油を撒き散らして燃やしてやったのさ!」
詳しいことは不明だが、このピエロは瞬間移動したり突然目の前に現れたりも出来る。よって急に現れて襲撃することも可能なのかもしれない。ベランダや窓から急に現れて。ただ正面からピンポーンを押してドアが開いた所を急に襲ったのかもしれないが。
「なんでおれが殺したのか? 聞きたいか? 知りたいだろ? 聞きたいだろ? 知りたいんだろぉ!?」
「うっ……!」
煽りの問いを連発してくる。本当に今すぐ起き上がれるものなら、そのツラを思い切りぶん殴ってやりたい。メチャクチャにしたい、粉砕してやりたい。
起き上がれる気力は先ほどの地面から吹き出した盛大に浴びた混沌によりゼロに等しい所まで削られた。会話は出来ても、依然視界がボヤける。意思に反して体が言うことを効かない。
「簡単さ──邪魔だからだよ」
「邪魔? お前のくだらねえ目的のためか……!」
「おれはこれまでお前をずーーっと遠くから見てきた」
ずーーっと、という言い草に腹が立つ。
「だがあの三人は途中から消す必要が出てきたんだよ──おれのために。おおっと、そろそろ花火を打ち上げに行かねえとな……」
わざとらしく話を中断させられ、踵を返された。
「お、おい……! 話聞けよ! 待てよ……!」
「打ち上げ花火。下から見るか? それとも──フヒャーッハッハッハッハッハッハッハ!!」
こちらの質問を無視し、不気味な笑い声とともに暗い森の奥へと消えていったピエロ。追いかけようにも体の気力が追いつかず、追えない。そもそもこの状態では追うことも戦うこともままならない。
一体、何をしようというのか。花火というのも嫌な予感しかしない。この緑炎に包まれたステージで何をしでかすのか。考えれば考えるほど嫌なシナリオしか浮かんで来ない。
一つ分かることはその花火が上がれば自分の命はおろか、この緑炎の業火に覆われたこの一帯も、もっとヤバいことにしかならないこと。ただそれだけだった。




